「富良野塾」を思わせる場所【谷】で、農業をしながら演劇を学ぶ青年達――。北海道の雪にやがて埋もれていきそうな、ちっぽけな人間同士の軋轢を見事に描き出し芥川賞を獲った『しんせかい』の山下澄人さん。受賞後第1作『ほしのこ』も、北海道とおぼしき、浜と森に囲まれた場所が舞台となっている。
「サン=テグジュペリの『星の王子さま』みたいに、子供が地球におちてきて、飛行機乗りが出てくる話がいいなあ、というのが最初にありました。場所をイメージしたいと思って、石狩あたりの日本海沿いを歩いていたら、ぴったりの集落があったんです」
面倒くさがりで照れ屋の男たちが魅力を放つ山下作品では初めてのヒロインものである。父と「わたし」は魚を釣り、草の根や木の実を集め、バスをねぐらに暮らしている。「わたし」は学校に行ったことはないが、何でも父が教えてくれる。数は、星を数え合って覚えた。
ある日、3人の男がやってきて、バスから追い出された。やがて2人は小屋を見つける。近くに住む「昆布ばばあ」がストーブをくれたが、父はやがて「歳をとった牛のおしり」にそっくりの肉のそげたお尻になり、姿を消す。たぶん死んだ、と「わたし」は思う。
「ぼくらは年をとってきたけど、かつては若者だった訳ですよね。どっかまでは、心は若者のまま、と思ってたけど、そんな訳はない。間違いなく順序からすれば、10代、20代の人よりぼくらは先に死ぬ、そこからしか見えへんことがある、と気付いた。ぼくには子供はいないけど、子供がいる人らの、子らがせめて自立するまで生きておかなきゃ、というモチベーションに近いものというか。父を失った主人公に“がんばれ”とエールを送りながら書きました。この碌でもない世界を、年取った人間も子供も、とにかく生き延びていく。“心豊かに充実した人生を”みたいな世間の強迫観念に違和感があります。ただ生きて死ぬ、のどこが悪いと」
不真面目な不良なのに、国の一大事に真面目になってしまい、徴兵に応じて人を殺す男も登場する。
「ぼくの父は神戸大空襲を経験していて、爆弾でふっとんだ人のこととか、面白おかしく聞かされました(笑)。戦争をはっきりと分かる形で作品に入れるかどうかについては、すごく思案しました。しかし現実の方もだんだん、きな臭くなってきましたね」
『ほしのこ』
物語は、ほぼ「天(てん)」という女の子の視点で語られる。父が消え1人になった彼女の小屋に、同じ年頃の女の子「ルル」がやってくる。ルルはオウム返しにしか話せないが、囀るように歌う。戦闘で大怪我をした飛行機乗りを彼女らは助ける。やがて彼に殺された青年や家族まで現れた。ぶっきらぼうな生命讃歌。