文春オンライン
「僕が死んだあと、私有地も道場も“面倒な”コモンにする」 内田樹が門徒に苦労させるワケ

「僕が死んだあと、私有地も道場も“面倒な”コモンにする」 内田樹が門徒に苦労させるワケ

「コモンの再生」が日本を救う その2

2020/11/08

source : ライフスタイル出版

genre : ニュース, 社会, 政治, 経済

note

コモンの管理は市民的成熟を果たす「訓練の場」

 公共を私利より優先的に配慮する「類的存在」のマインドセットが「コミューン主義」なんです。だから、コミュニズムを「共産主義」と訳されると意味がわからなくなる。日本語には「共産」なんて日常語が存在しませんからね。でも、マルクスが「コミューン主義」を宣言したときに彼の念頭にあったのは英国の「コモン」であり、フランスやイタリアの「コミューン」のことだったのです。

 土地や資源を共同体で共同管理するのって、すごく面倒なんです。共同的にものを管理するためには、異論と対話し、さまざまな要求を調整して、合意形成しなきゃいけないからです。だから、コモンを共同管理するためには、成員たちに市民的な成熟が要求される。

「コモンは生産性が低い」ということだけを「リアリスト」たちは指摘して、それが「絶対悪」であるかのように語りましたけれども、彼らはコモンの管理を通じて村落共同体の一体感が醸成され、共同体成員たちが市民的成熟を果たしていたというコモンの教育的・遂行的な機能を見落としていた。コモンのような複雑なシステムを統御するためにはまず「私たち」という幻想的な主体を立ち上げなくてはならない。そして、「私たち」のうちのいくたりかはまともな大人にならなくてはならない。そういう長いタイムスパンの中でしかコモンの存在理由は理解できないんです。

ADVERTISEMENT

 

――コモンが人間的成熟さを醸成する場にもなっていたんですね。

内田 日本でも、地域共同体・血縁共同体はほぼ解体されてしまったので、複数の立場の利害や要求を調整して、合意形成に持ち込むための「訓練の場」が失われてしまった。ふつうの企業に勤めているだけでは、何十年働いていても、なかなかこの能力は鍛えられない。会社では上位者の決定に従うというのが基本ですから、キャリア形成したければ「イエスマン」であることを要求される。

 トップダウンの仕組みに慣れてしまうと、調整や対話のないシンプルなシステムが「よいもの」だと信じ込むようになる。そうなると、企業だけではなく、行政や、医療や、学校のようなシステムに対しても「とにかくシンプルなものに制度改革して欲しい。全部トップが意思決定し、それが末端まで遅滞なく伝えられる仕組みにして欲しい」と言い出す。

 だから、どうして三権が分立しているのか、どうして両院制が存在するのか、どうして民主主義では「少数意見の尊重」が謳われるのか、その意味がわからなくなる。全部独裁者に委ねて、あとは全員イエスマンでいいじゃないかと本気で思っている人がどんどん増えています。国についてさえも、「独裁者に丸投げした方が話が早い。うちの会社では経営者が従業員の意見なんか聞かないぜ。世の中って、そういうもんだろ」と心から信じてる人が増えて来た。