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東 えりか
2016/07/11

一時代を担った人々の奮闘記

『1974年のサマークリスマス 林美雄とパックインミュージックの時代』 (柳澤健 著)

source : 週刊文春 2016年7月7日号

genre : エンタメ, 読書

“八王子の歌姫”

 この言葉が記憶の箱の蓋を突然開けた。頭の中を『ひこうき雲』のメロディーが流れだす。荒井由実(現・松任谷由実)を天才だとTBSラジオの金曜日深夜放送、パックインミュージック第二部のDJ林美雄アナウンサーは絶賛した。なんてきれいな曲なんだろうと中学生の私はラジオに聞き入った。そうだ、このあと放送された荒井由実の歌詞をすべて書き留めたのだった。あのノートはまだ残っているはずだ。

 70年安保闘争は学生たちの敗北で終わり、その経緯を見ていた「しらけ世代」の若者は、何か共感できることをさがしていた。そこに現れたのが林美雄だった。本書はある時代を担った人たちの奮闘記である。

 金曜日のパックインミュージック第一部は絶大な人気の野沢那智と白石冬美が担当していた。ナチチャコパックは知的で少しエロティック。女子中学生が背伸びして聞く番組であった。

 だが第二部の通称「ミドリブタパック」は知らない言葉が飛び交う摩訶不思議な番組だった。日活ポルノ映画を褒め、難しいドキュメンタリー映画を紹介し、聞いたことのない曲が掛かった。共感した大学生からの手紙は熱気を帯び、独特の雰囲気を作っていった。ユーミン登場はその象徴で、彼らはヒートアップした。

 林美雄の同期には久米宏、一つ下には小島一慶がいた。実力のある彼らはすぐに人気が出た。燻っていた林が見つけたのが「新しい文化の紹介者」という立場だ。スポンサーの付かなかった深夜放送は治外法権で、彼は自分が「良い」と思ったものだけを取り上げた。

 だが突然林パックは打ち切りを告げられる。スポンサーが付き違う番組が始まることになったのだ。

 林とファンが一体となり最後の祭りとして行ったのが林美雄の誕生日を祝う集会「サマークリスマス」だった。1974年8月25日、雨天のため急きょTBSのスタジオに詰め込まれた400人のリスナーは石川セリやユーミン、日活ロマンポルノの女優、中川梨絵の生の歌を聞き、ゲームをし、ハッピーバースデイを合唱したのだ。

 だがこのまま終わりにはならなかった。林美雄を愛する人たちは、彼をもう一つ高みに押し上げていく。

 林美雄はタモリ、野田秀樹をいち早く見出し『八月の濡れた砂』や『野良猫ロック』を絶賛した。

 本書を読み終わった6月14日、中川梨絵の訃報が届いた。15歳の私が見ることができなかったロマンポルノのスターは、今頃あの世で林美雄と再会し大喜びしているかもしれない。

やなぎさわたけし/1960年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。空調機メーカーを経て文藝春秋入社。03年フリーランスライターに。著書は『1976年のアントニオ猪木』『1985年のクラッシュ・ギャルズ』『1964年のジャイアント馬場』など多数ある。

あずまえりか/1958年千葉県生まれ。書評家。書評サイト「HONZ」副代表。「小説すばる」「新刊展望」等で書評を担当。