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オリックス・杉本裕太郎を覚醒させた“一軍300打席”という栄養分

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/06/13
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「ホームランの力」を信じてくれる指揮官の就任

 話を本筋に戻したい。

 2019年、杉本裕太郎28歳。年齢的にも土壇場に追い詰められたラオウの前に救世主が現れる。中嶋聡が二軍監督として古巣オリックスに帰ってきたのだ。オリックス生え抜きの強打の捕手。「ホームランの力」を信じてくれる指揮官だ。杉本は再び二軍のレギュラーに返り咲き78試合278打席69安打14本塁打43打点、打率.277 出塁率.353と文句なしの成績を納める。だが、一軍ではいまだ小兵選手のみを重用する体制が続き、ほとんどチャンスはなかった。覚悟をもってスラッガーに300打席与える雰囲気など微塵もなく俊足巧打の選手のように即座に結果を求められる中、杉本は51打席8安打4本塁打7打点、打率.157に終わった。チームも最下位に沈み明るい兆しはどこにもなかった。

 翌2020年、もはや二軍で学ぶことなどないはずの杉本裕太郎が二軍に幽閉される。前半戦33試合101打席30安打3本塁打12打点、打率.370出塁率.495!!

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 一軍では若き豪腕投手たちが貧打にあえぐチームに見殺しにされ、ダッグアウトで声出しする選手は皆無という悲惨な状態の中、なぜか杉本に全く出番は来ない。この時点で29歳の杉本に与えられてきた生涯打席は「85打席」。スラッガーが覚醒するにはあまりに栄養不足だというのに再び杉本は見捨てられようとしていた。チームも2年連続で最下位を独走しオリックスファン全員のフラストレーションが限界に達しようとしていたまさにその時。

 2020年8月21日。杉本裕太郎の運命の扉が開かれる。

 中嶋聡が一軍監督代行に就任。

「ラオウ、一緒に行くぞ!」

 オリックスファンなら全員が知っている中嶋監督代行のひと言と共に杉本裕太郎ついに一軍昇格。41試合141打席34安打2本塁打17打点、打率.268 出塁率.340

 打てない日があろうと毎試合きちんと先発出場できるようになった杉本は中嶋監督代行の与えてくれた「打席」という栄養素を口いっぱいに頬張り、プロ入り以来初めて十分な一軍経験を積んだ。

 2021年、一軍投手のボールに慣れ、平常心で打席に入り、自分のスイングをできるようになった杉本は覚醒する。高い打率と出塁率、そして勝負強い打撃と長打がオリックス打線を支えている。そして、正式に一軍監督に就任した中嶋監督に初のサヨナラ勝利を贈ったのも他ならぬ杉本のバットだった。4月22日。本拠地京セラドームの西武戦。同点の9回裏2死三塁で三遊間を抜ける劇的サヨナラタイムリー!

 それは杉本裕太郎のプロ野球人生281打席目での出来事であった。

 紆余曲折の6年間を経て30歳にしてようやく300打席の栄養素を食べ終わり、覚醒の時を迎えているラオウ・杉本裕太郎。確かに遅咲きかもしれない。でも30歳から始まるサクセスストーリー、そんな野球人生があってもいい。

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