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連載春日太一の木曜邦画劇場

春日 太一
2017/11/06

健全な善人が誰一人登場せず「清張の毒」充満!――春日太一の木曜邦画劇場

『けものみち』

1965年作品(140分)/東宝/4500円(税抜)/レンタルあり

 先週は別頁の特集記事を担当したため、本連載は休載となった。その特集は、松本清張没後二十五年に際して映像化作品の魅力を改めて検証するという内容。ただ、清張原作の映画が大好きでたまらない筆者からすると、書きたい作品はまだまだある。

 そこで、今週と来週は本連載でも清張原作映画を扱っていきたいと思っている。

 ここでも何度か書いてきたことではあるが、清張作品の大きな魅力は、欲望や嫉妬といった醜いエゴを剥き出しにした人間たちがそのために破滅していくという、理不尽な因果応報の物語展開にある。

 今回取り上げる『けものみち』は、その最たるもの。なにせ、登場人物に誰一人として健全な善人がいないのだ。

 ホテルの支配人である小滝(池部良)は自らの野望を果たすため、旅館の仲居・民子(池内淳子)を誘惑し、政界の黒幕・鬼頭(小沢栄太郎)のもとへ愛妾として送り込もうとする。民子は寝たきりの夫(森塚敏)を焼き殺し、寵愛を得た鬼頭の屋敷で贅沢な暮しを送るようになっていく――。

 普段は善男善女の役の多い池部と池内がひたすら欲望のみに生きる人間を悪だくみ満載の表情で演じ、濃厚な愛欲のドラマを繰り広げる。それだけでも「観てはいけないもの」を観ているような背徳感の魅力に満ちているのだが、加えて他の登場人物も脇の脇までエゴの塊な上、それを演じる役者たちも強烈だった。

 男性機能を失ってもなお民子の身体を執拗に求める、性欲の権化のような老人を演じる小沢の厭らしいヌメリ気。嫉妬心のあまり、病身にもかかわらず民子に変態的にまとわりつく夫を演じる森塚のゾンビの如き薄気味悪さ。鬼頭を奪われた嫉妬から民子と対立する屋敷の使用人を演じる大塚道子の表情を動かさない鉄仮面ぶり。鬼頭の窓口として陰でダーティワークをこなす顧問弁護士を演じる伊藤雄之助の腹の底の見えなさ――。

 唯一の良心ともいえる人物が、民子の夫の焼死の事件性を疑って追う久恒刑事。演じる小林桂樹は人の好い小市民役を得意とする役者だ。本作でも、仕事熱心に捜査を続ける久恒を小林は生真面目に演じている。が、それも物語中盤まで。そのような人間は本作には存在してはならないといわんばかり、やがて久恒もまた民子への肉欲に狂い、破滅へと向かっていく。前半の小林の演技の生真面目さが際立っていただけに、中盤になって嫉妬のあまり狂気に憑かれた様は衝撃的であった。

 人間たちの醜いエゴがひたすら絡み合い、ぶつかり合う。一切の隙なく隅々まで悪意に埋め尽くされた、「清張の毒」の煮こごりのような作品だ。