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「米軍基地」という生きもの

『米軍基地がやってきたこと』 (デイヴィッド・ヴァイン 著/西村金一 監修/市中芳江他 訳)

2016/06/20
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  とにかく、驚いた。

 いままで、どの程度、米軍基地というものが研究されてきたか知らない。けれども、この本を読むかぎり、これほど広く、深く、この問題を扱ったものは空前絶後ではないかと思った。著者は、世界中の基地を歩き回り、関係者にインタビューし、さらに、膨大な記録、とりわけ基地や軍事に関する資料を読みこみ、誰も気づかなかった事実を掴みだす。とりわけ、予算に関する書類を読み、そこに「書かれていない予算」を発見してゆく箇所は、まるでミステリーを読んでいるかのように面白い。

「沖縄県民は東京(政府)から金をゆすり取る名人だ」とアメリカ国務省のケビン・メアが発言して、日本中に衝撃を与えたことは、記憶に新しいが、その際、メアの講義を学生たちと共に聞いていたのが、著者のヴァインだ。だから、当然、沖縄に関する記述も充実している。

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 この大きな本を読み終えて最初に感じるのは、わたしたちは、「米軍基地」というとき、単に「アメリカという国の軍事基地だ」と考えてしまうが、そもそもその出発点が間違っていたのではないか、ということだ。著者によれば、それは「ある国の基地」ではなく、世界中のどんな国家の基地とも違う「米軍基地」という独自の生きものなのである。

 アメリカは「基地国家」である、と著者はいう。では、アメリカはいつ「基地国家」になったのか。

 著者は歴史を遡り、アメリカ独立直後の「開拓時代」に、そのルーツを見いだす。そう、アメリカは先住民たちを追い出し、土地を収用し、基地を建設していった。そこは、アメリカにとって「在外軍事基地」だったのだ。わたしたちが、ずっと西部劇映画で見てきた、騎兵隊と「インディアン」の戦いの中に、わたしたちはもっとも初期の「米軍基地」を発見することができる。

 世界中に散らばっている、ほとんど無数と呼んでもいい「米軍基地」群は、アメリカ建国時代のDNAをもっている。だから、「米軍基地」を否定することは、アメリカそのものを否定することに繋がる。そのことを無意識に知っている故に、アメリカは、基地を縮小したり削減したりすることに抵抗するのである。

 先住民を追い出し、反民主主義的な政権やマフィアとも手を組み、環境やその地の経済を破壊する「米軍基地」。かつてアイゼンハワーが不気味に予言したように、国家のコントロールさえ無視して増殖する軍事の象徴である「米軍基地」こそ、実は平和と繁栄の最大の敵なのかもしれない。

デイヴィッド・ヴァイン/アメリカン・ユニバーシティの人類学准教授。アメリカの外交・軍事政策、軍事基地といった問題に焦点をあてた研究を行っている。ニューヨークタイムズ、ワシントンポストなどに寄稿。他の著書に『不名誉な島――ディエゴガルシア島米軍基地の秘史』がある。

たかはしげんいちろう/1951年広島県生まれ。近年の著書に『さよならクリストファー・ロビン』『ぼくらの民主主義なんだぜ』等。

米軍基地がやってきたこと

デイヴィッド・ヴァイン (著), 西村金一 (監修), 市中芳江 (翻訳), & 2 その他

原書房
2016年3月28日 発売

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「米軍基地」という生きもの

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