Peter Thiel(ペイパル創業者、投資家) ©時事通信社

 今や世界で2億人以上が日々利用する「ペイパル」。このネット決済サービスは、ネット・オークションの支払いや、移民による海外送金の手段として広く普及した。

 創業者のピーター・ティールは1967年に旧東ドイツに生まれた。父の転勤で米国、南アフリカ、ナミビアなど7カ国の小学校を渡り歩いた後、飛び級でスタンフォード大学に入り哲学学士を取得。同大学のロースクールで法学博士を取得した。一時は最高裁の法務事務官を目指したが、一歩手前で挫折する。

 この体験から、他人と同じ土俵で争う「競争」の無意味さを学んだという。「資本主義と競争は矛盾する」というのがティールの考え方。複数の企業が顧客を奪い合う「競争」は一見健全だが「利益」を生まない。資本主義の根源である利益を生むのは「独占」だと主張する。

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 だからティールは「1をN倍にする」ビジネスに興味を示さない。彼が価値を見出すのは「0から1を生み出す」ことだ。クレディ・スイスのトレーダーをやって金融を学んだ後、ティールは「0から1」を生み出すべく、ウクライナ生まれの起業家マックス・レヴチンと「米ドルに代わる仮想通貨」を目指してコンフィニティ(ぺイパルの前身)を創業した。98年末に設立されたペイパル社は2002年にネット・オークション大手のイーベイに15億ドルで売却された。「ペイパル・マフィア」と呼ばれる創業メンバーたちは、巨万の富を手に入れた。

 彼らの活躍はここで終わらない。創業メンバーの1人、イーロン・マスクは宇宙開発のスペースXや電気自動車のテスラ・モーターズを立ち上げ、リード・ホフマンはビジネスマン向けSNSのリンクトインを、チャド・ハーリーとスティーブ・チェンらは動画配信のユーチューブ(現グーグル傘下)を立ち上げた。

 ティールは04年にFBIやNSA(米国家安全保障局)を顧客に持つデータ解析企業のパランティアを設立。同時に、フェイスブック、スペースXなどに出資する投資家としても成功し、ペイパル・マフィアの中でも頭一つ抜け出した。

 ティールの投資対象は、不老不死を研究する「メトセラ財団」や、海上の独立国家建設を目指す「シーステディング研究所」などとてつもなく突飛である。コントラリアン(逆張り投資家)と呼ばれる所以だ。

 逆張りの最たるものが、先の米大統領選における「トランプ支持」だろう。いち早くトランプを支持する経営者は極めて少数だった。特に伝統的に民主党支持が多い西海岸のITベンチャーは「アンチ・トランプ」が大半である。だがティールは敢然とトランプ支持を打ち出した。彼は学生時代、R・レーガンの反共政策に共鳴した筋金入りのリバタリアン(自由至上主義者)なのだ。

 トランプが勝つとティールは政権移行チームの一員に選ばれた。実態は、ホワイトハウスを乗っ取ったのに近い。

 ティールの友人で投資ファンド、クラリウム・キャピタルのCFOだったマイケル・クラツィオスはホワイトハウスにおいて科学やテクノロジー政策の舵取りをするCTO(チーフ・テクノロジー・オフィサー)に就任。同ファンドの責任者だったケヴィン・ハリントンは国家安全保障会議(NSC)の上級スタッフになった。ペイパル時代からの友人、マーク・ウールウェイも政権移行チームに入った。彼らを束ねるティールは、今や商務省や財務省の人事にも口を出すと言われている。

 ティールは徹底的なテクノロジーの信奉者である。それゆえ、今のテクノロジーに失望している。「空飛ぶ車が欲しかったのに、代わりに手にしたのはたったの140字だった」とツイッターを皮肉り、iPhoneをポケットから取り出して「僕にはこれがイノベーションだとは思えない」と叫ぶ。NASAのアポロ計画のような全人類的課題への挑戦に匹敵する「偉業」を、現代のテクノロジーは成し遂げていないというのだ。

 しかし「偉業」は着々と近づいている。ティールが出資するスペースXはNASAの10分の1のコストでロケットを打ち上げ、ティールが取締役を務めるフェイスブックの創業者、マーク・ザッカーバーグは「今世紀中に全ての病気を治療可能にするため」に30億ドルの私財を注ぐ。ベンチャーが国家を超える瞬間をティールは待ち望んでいる。