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《救急救命センターの当直医は激怒》「こりゃあ、単なる死体、死体だぜ!」救急隊員が“治療の対象にならない即死体”を搬送したワケ

『救命センター カンファレンス・ノート』より #1

2022/01/07
note

高所からの墜落や転落事故の「全脊柱固定」

 ところが、墜落や転落などで、背部を強打したり、首や腰が激しく曲げられたり伸ばされたり捻られたりするような外力が加わった場合、椎骨や椎弓が折れたり靱帯が断裂してしまって、こうした脊柱の安定性が損なわれてしまう。

 一方で、事故そのものによる当初の外力で、椎骨や椎弓あるいはその周囲の靱帯が損傷を受けても、幸いにして、脊柱管の中を走る脊髄は無傷だということもよくあるのだが、そうした時に、万一、脊柱の損傷への配慮を欠いたまま救助活動を行ってしまうと、そのことによって脊髄の損傷が引き起こされる場合がある。

 例えば、うつぶせで倒れている傷病者がいたとして、実際には頸椎の損傷があるのだが、そうとは気づかずに、「大丈夫ですかあ」などと声をかけながら、つい肩だけを持って引き起こしたりすると、その瞬間、傷病者の頭部がガクッと落ちて、かろうじて保たれていた頸部の脊柱管が大きく変形し、せっかく無傷だった脊髄(頸髄)に大きなダメージが与えられ、最悪生命に関わるような呼吸障害が引き起こされたり、四肢麻痺というような重大な後遺症がもたらされたりすることがある。

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 そうした不幸な事態を確実に防ぐために、高所からの墜落や転落事故による傷病者などに対しては、脊椎損傷を負っているという前提で救助活動が行われており、具体的には、傷病者を移動させる際に、その脊柱に致命的なずれが生じないような処置を行う。それが全脊柱固定と呼ばれるものである。

 これは、ちょうど腕や脚の骨が折れた時、応急処置として、折れた部分に副木(添え木)を当てて包帯を巻き、その部分を動かなくするのと同様に、いわば背骨に副木を当てるという処置になるのだが、その副木に相当するものが、バックボードというわけだ。

バックボードの上に固定された患者

  実際には、傷病者はバックボードの上に寝かされ、その状態で、横にしようが縦にしようが、体が少しもずれないように、何本ものベルトを用いて、バックボードに強固に固定されるのである。ここが単なる戸板とは、決定的に違うところである。

 ちなみに、現場活動を行う救急隊や救助隊は、この全脊柱固定の重要性をたたき込まれており、たとえ、どんなに慌ただしく、またそうすることが困難な現場であっても、慎重に、そして時間と手間をかけて、傷病者をバックボードに固定してくるのだ。

 当直医の合図で、救急隊のストレッチャーに横たわっていた患者が、背中を固定しているバックボードごと、処置台の上に移された。

 戦闘モード全開である。