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安田 峰俊
2017/12/04

潜伏中の亡命エリートに聞いた現代中国の「右」「左」事情

習近平は「左」、劉暁波、胡錦濤は「右」──顔伯鈞インタビュー(前篇)

 顔伯鈞という人物をご存知だろうか。1974年生まれの彼は元中国共産党員で、2005年に党の最高学府である幹部養成機関、中共中央党校の修士課程を修了。その後に北京市通州区に勤務したが、腐敗や社会矛盾を目の当たりにしたことで官界に嫌気が差して大学教員に転身した。

 彼はやがて胡錦濤政権の末期に起こった政治改革運動「新公民運動」の幹部層として活躍したが、習近平による運動の弾圧を受けて逃亡を余儀なくされ、2015年2月からタイで亡命生活を送っている。過去の中央党校の同級生たちは、地方の県のトップぐらいの、そこそこの幹部ポストについている模様だ。

 2016年6月、筆者はこの顔伯鈞の逃亡記があまりにも興味深かったので、それを編訳して『「暗黒・中国」からの脱出』(文春新書)として刊行した。

 著書刊行から時間が経ち、今年10月に中国では習近平政権の第2期が発足。保守的な政権のもとで、中国では従来は認められた範囲の政治改革についての言論も統制されるようになったが、いっぽうで「強い祖国」のアピールに成功した習近平に対する庶民の評価は高い。

 そんな現代中国の政治が、再び改革に向けてゆるむときは来るのか? かつて党の幹部候補生で、体制の「中の人」であった顔伯鈞に話を聞いてみた。なお、彼は現在もバンコクの中華街にこっそり潜伏中である。

◆◆◆

中国にも本物の共産主義者がいる?

――お久しぶりです。昨年6月、『「暗黒・中国」からの脱出』が刊行されてから約1年5ヶ月ぶりの日本メディアへの登場ですね。

 ほんとうですね。国連の難民申請が受理され、なんとかバンコクで亡命者として暮らしています。

現在の顔氏。英語の勉強中である。

――昨今の中国政治の最大の話題は、今年10月の第19回党大会で習近平政権の2期目の陣容が決定したことです。顔伯鈞さんがかつてたずさわった新公民運動は、習政権の成立(2013年)と前後して弾圧された運動でした。

 そうですね。新公民運動はすでに壊滅状態にあります。主だった幹部の人たちには海外に逃れた人も多く、また国内にいる人たちも逼塞しています。

――運動が「壊滅」したいまだからこそ、過去の裏事情を知りたいところです。たとえば今回の党大会で事実上更迭された共青団派(団派)の大物・李源潮は、かつて新公民運動と一定の関係があったと聞きます。また、顔さんは2015年2月に私と初めて会った際に、「(団派のルーツでもある)胡耀邦の衣鉢を継ぐ改革勢力」が支持していたと話していました。

 新公民運動の正体って、実は団派のフロント活動だったんじゃないですか? それが、習近平政権になって目障りだから潰されたというのが真相ではないでしょうか。

 いわゆる団派の人だけが後ろ盾にいたわけではありませんよ。体制内の別の勢力の開明派も、絶対数は少ないものの強い支持層でした。ほかに「草の根官僚」(=草根官員。コネのない階層出身の地方勤務者など叩き上げの若手官僚)の支持がかなり大きかったんです。中国共産党の派閥は(たとえば日本の自民党と比べると)あまり明確なものではありませんが、草の根官僚はいっそうそうなります。彼らは「団派」とはあながち言い切れない人たちです。

――なるほど。草の根官僚ですか。

 体制内でも若手や末端になるほど、国外の事情を知っていますからリベラルな人が増えるんですよ。私自身も、大学教員に転身したとはいえ出身はこの草の根官僚層です。私が中央党校(党の幹部養成機関)に在学していたときも、同期たちには民主主義者がゴロゴロいました。

――逆に現在の中国共産党員で、マルクス・レーニン主義を本気で信じている人はいますか?

 少数ですが、実はいるんですよ。かつて親しかった友人にもいました。そういう人にとって、現在の市場経済化した中国は非常に不満で仕方ないようです。私の友人もそうで、大学教員に転身して地方の大学でマルクス・レーニン主義を教えているようです。

――中国の大学の「マルクス・レーニン主義」って、必修科目だけれど学生も先生もヤル気がない講義のナンバーワンなのですが、真面目に信じて教えている人がいるわけですね。現在の愛国主義的な中国共産党にとって、未来に共産主義社会が実現し、それが高度に発展すれば国家が死滅するというマルクス主義を、本気で教えられるとマズい気がするのですが。

 そうそう(笑)。そうなんですよね。