文春オンライン

元中国共産党エリートが語る「日本人の中国予測はなぜ間違えるのか」

すべては「鄧小平派の常識」にすぎなかった──顔伯鈞インタビュー(後篇)

2017/12/04

 中共中央党校修了、かつては中国の体制内エリートのタマゴだった民主活動家・顔伯鈞。驚天動地の逃亡記、「暗黒・中国」からの脱出(文春新書)の刊行から1年5ヶ月が経ったいま、過去に彼らを弾圧した習近平政権の正体について前編に引き続き語ってもらうことにした。

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中国ウォッチャーの読みはなぜ外れ続けるのか?

――中国共産党は毛沢東主義者やマルクス・レーニン主義者から、立憲民主主義者まで抱え込んでいる。日本の自民党なんかメじゃないくらい、「中の人」たちの思想の幅があるわけで、なぜ単一の政党として存在できているのか不思議になってしまいますが。

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 毛沢東の時代から、周恩来派・劉少奇派・林彪派……と、もともといろんな派閥がありました。いろんな人がいろんな考えや人事の意向を持っているわけですが、そのなかである派閥が上に立つと、党全体の方向が決まっていくわけですね。

――実は習近平政権が成立した前回(2012年)の第18回共産党大会以来、党の内在論理に通じていると思われた日本の中国ウォッチャーの読みが外れることが続いています。2012年時点では「習近平はリベラル派」という意見がかなり力を持っていましたし、今回(2017年)の第19回党大会でも、胡春華や周強など共青団系の高官の指導部入りを予測する声がありました。しかし、結果的にこれらは大きく外れています。

 日本のことはよくわかりませんが、2012年の胡錦濤時代までの常識にもとづけば、それらの予測はかなり妥当だったのではないでしょうか。私自身や往年の仲間たちにしたって「習近平はリベラル派」という予測を当時までは持っていましたから。

――なぜ予測が外れたんでしょう。

 さっきの派閥の話と関係があると思います。従来、中国の政治は「上海閥(江沢民派)と共青団派(胡錦濤派)の権力闘争」みたいな話がよく議論されてきました。しかし、実は彼らは両方とも、もっと大きな枠組みでは「鄧小平派」に含まれる人たちなんですよ。

日本人が見ていた中国政治は「鄧小平派」だけだった?

――確かに。江沢民と胡錦濤は仲が悪いのかもしれませんが、どっちも鄧小平に引き上げられた人です。もっと昔の胡耀邦や趙紫陽らと同じく、すべて「鄧小平チルドレン」です。

 毛沢東が死去して華国鋒が実権を失った後、すなわち1978年から2012年までの中国共産党はずっと、広い意味では「鄧小平派」の時代が続いていたわけです。かなり長期間続いたのでそれが当たり前のようになっていましたが、これまで私たちが「現代中国政治」だと思ってきたものは、実は鄧小平派の政治だったとも言えます。

筆者が作成してみたイメージ。従来、私たちが中国政治の常識だと思っていた範囲は、もっと巨大な世界の一部分の「常識」にすぎなかった。

――文革の否定、集団指導体制、個人崇拝の忌避、党による社会管理を徐々にゆるめる方針……というのは、江沢民時代も胡錦濤時代も連続して見られた特徴です。指導部の2期10年という任期や定年制、常務委員経験者は訴追されないといったルールも、これに含まれるかもしれません。

 日本をはじめ内外の中国ウォッチャーは、これらを1978年以来の現代中国政治の特徴だと思って予測を立てたりしてきましたが、実は「鄧派の特徴」でしかなかったということですね。

 そういうことです。習近平は鄧小平派とは違うルーツの政治家なので、フタを開けてみれば従来の「常識」通りの政治をおこなわなかった。イデオロギーは毛沢東で経済は鄧小平、というような、不思議なことになっている。

腐敗のカネはどこに消えた!?

――ところで、顔さんたちの新公民運動は官僚腐敗への批判を盛んにおこなっていました。いっぽうで新公民運動を弾圧した習近平政権も、やはり腐敗撲滅を掲げ、官僚を大量に失脚させています。どう思いますか?

 私たちは官僚の財産公開制度を定めて、法にもとづいた制度の枠組みのなかでの腐敗追放を求めていました。習近平の場合は超法規的にやっていますね。

2013年冬、北京市内で横断幕を掲げていた新公民運動の参加者たち(顔伯鈞は左)。当時、すでに運動への弾圧がはじまっていた。

――習近平の大規模な腐敗撲滅運動は、権力闘争をが目的だというとしているという指摘が根強くありますし、周永康や孫政才など政敵を追い落とす様子を見ても、事実としてそうなのだと思います。

 そうですね。腐敗を理由に失脚させた官僚のポストに、習近平の息のかかった人間を送り込めるわけですから。他に国民の人気取りの側面もあるでしょう。腐敗官僚が叩かれることを喜ばない国民はいないですからね。ただ、もうひとつの要因は「カネ」だと思いますよ。

――「カネ」とはどういうことでしょうか?。

 (石油利権を握っていた)周永康を潰した、(胡錦濤の腹心として儲けていた)令計画を潰した、(軍の制服組トップである)徐才厚や郭伯雄を潰した……と。打倒された彼らはいずれもお金を貯め込んでいた人たちですが、彼らからそこで没収された数百億元の財産はどこに消えたのかという話です。

――あ、確かに。国庫に入れたとか寄付したとかいろんな言い訳はあると思いますが、事実上は習近平たちの政治資金になっているたと考えたるほうが自然ですね。官界のポストもカネも絶対的な供給量に限りがある。なので腐敗摘発を口実にして気に食わない官僚をクビにしてポストとカネを奪い、それを自派に分配すると。

 そうですよ。習近平がおこなっている腐敗摘発って、実は非常に「おいしい」のです。別の腐敗が進行しているだけだと考えることもできます。

ミャンマー軍閥には近寄るな。平気で殺されるから

――最後にバンコクの亡命中国人の現状や、顔伯鈞さんの近況について聞かせてください。バンコクには今、中国人の難民がどのくらいいるのでしょうか。

 まず、私のように政治的な問題で中国を逃れた人が30人あまりです。最近、1人がガンで亡くなりました。ほかに中国から逃げた法輪功の信者が200~300人ほどいて、人数規模としてはいちばん多い。あと、東方閃電(全能神。キリスト教系のカルト系新宗教)の信者も何人か逃げているみたいです。

 ほかにウイグル族の亡命者が多くいるようですが、彼らとは接触がまったくないのでわかりません。漢民族の亡命にたずさわる蛇頭(密航ブローカー)とは別のルートで逃げてきているようです。

バンコク市内の高架鉄道BTSの各駅をジャックしている中国携帯電話会社OPPOの広告。タイ国内でも中国の存在感が高まっている。(筆者撮影)

――東南アジアの中国国境にいる蛇頭の話は『「暗黒・中国」からの脱出』にも出てきますね。彼らって、どういう人たちなんですか?

 ミャンマー東北部の華人系軍閥(コーカン・ワ州・四区)の関係者や、国共内戦に敗北してゴールデン・トライアングル(タイ・ミャンマー・ラオス国境地帯)に逃げ込んだ国民党軍の残党の末裔、華人系の麻薬王だったクンサー軍閥の部下たちの末裔……といった人たちです。

――最近はやや下火のようですが、顔伯鈞さんをはじめ2015年10月に四区軍閥で中国に補足拘束されてしまった包卓軒氏(人権派弁護士・王宇の息子)など、中国国内の民主化勢力の関係者の亡命の際にはミャンマー華人系軍閥のルートが使われることが多かったですよね。軍閥の内部に中国民主化運動のシンパが一定数存在しているということのでしょうか?

 一部に個人的な友人関係があったとしても、彼らのなかに思想的な面でのシンパはいませんよ。カネしか見ていないので、カネを払えば民主化勢力でも逃亡犯でも助けてくれます。ただ、逆に中国当局がもっとカネを積むと簡単に亡命者を売り飛ばしてしまうので危険です。

――ミャンマーの華人系軍閥はもともと、文革期に国境を越えた紅衛兵たちが現地の少数民族と結びついたり、国民党の残党と現地華人(コーカン族)が結びついたりして勝手に割拠している勢力です。私は昔、ちょっとだけ行ってみたことがあるのですが、可能ならもう一度行ってみたいんですよね。

 やめたほうがいいですよ。特にあなたなんかは危ない。中国から軍閥にカネが渡っていれば、平気で殺されますから。なんでもありの恐ろしい場所です。

――命は惜しい。やめときましょう。