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「打率.162」でOK!? ヤクルト・大松尚逸が見せた数字以上の働き

文春野球コラム ウィンターリーグ2017

2017/12/16
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「打率・162」という数字を、僕たちはどのように評価すればいいのか?

 130打数21安打、3本塁打、打点16、打率.162――。

 10月3日の全日程終了以降、この数字がずっと頭から離れない。昨年オフ、ロッテから戦力外通告を受け、今年からヤクルトに入団した大松尚逸の17年の全成績である。この記録をどのように評価すればいいのか、僕は日々、煩悶を繰り返し、ふとした瞬間に、「打率.162か……」とつぶやいている自分がいるのだ。

 今季の大松は「左の代打の切り札」として登場することが多かった。しかし、打率は.162。代打の切り札でありながら、得点圏打率はさらに低い.160だ。ハッキリ言えば、かなり物足りない。しかも、今季放った3本のホームランは、いずれも「走者なし」の状況でのソロホームランばかりなのだ。

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 しかし、この3本のうち2本が「値千金」と言わざるを得ない貴重な代打サヨナラホームランなのである。まずは5月9日、神宮球場で行われた対広島東洋カープ7回戦。延長12回裏、2対2の同点の場面で左打席に入った大松は中田廉の4球目のスライダーを振り抜くと、ライトスタンドに飛び込む今季第1号でチームに勝利をもたらした。

 この日、神宮のスタンドには大松を支え続けた妻・敦子さんが初めて訪れていたのだという。大松は「何をするにしても、車椅子や松葉杖で雨の日は外に出られなかった。そんなときにいろいろと支えてくれた」と感謝の言葉を述べている。僕はこの日のヒーローインタビューが忘れられない。お立ち台に立った大松は我々ヤクルトファンに力強く宣言した。

「初めまして! ヤクルトスワローズの大松尚逸です!」

 この日、ライトスタンドで僕は泣いた。多くのファンも瞳を潤ませながら、声を嗄らして、精一杯の感謝の言葉を大松に伝えたのだった。

年間2本の代打サヨナラ本塁打を放った大松尚逸 ©時事通信社

 さらに、絶対に忘れてはいけないのが7月26日、神宮球場での対中日ドラゴンズ15回戦だ。6回を終了して0対10と完敗ムード漂う中、ヤクルト打線は7回に2点、8回には怒涛の攻撃で8点を奪い、10対10の同点に追いついたのだ。

 そして延長10回裏、打席に立ったのは、我らが「代打の切り札」だった。大松は中日・伊藤準規の初球ストレートを力強く振り抜き、右中間へ見事な代打サヨナラホームランをたたき込んだのだ。小雨交じりの夜だった。しかし、雨などまったく気にならない歓喜の瞬間の訪れに、僕らヤクルトファンは狂喜乱舞した。試合後、大松は言った。

「真っ直ぐが多くなっていたので、攻め方を頭に入れて打席に入った」

 う~ん、ベテランらしい味わい深いコメントだ。翌日の日刊スポーツには大松について、こんな一節がある。

【ベンチでは誰よりも声を出し、試合後には素振りを黙々と繰り返した。荒木ら若手も練習を続ける大松を見て、自発的に「大松塾」に参加。声でも背中でもチームをけん引していた】

 以前、真中満前監督にインタビューをした際に、「ベンチでいちばん声が出ているのは大松ですよ。移籍したばかりのベテランがもっとも大きな声を出している。この姿を見て若い選手は何かを感じてほしいのだけれど……」と言っていた。また、伊藤智仁前ピッチングコーチに話を聞いたときには、「ぜひ、大松の記事を書いてあげて下さいよ。あれだけひたむきに野球に取り組む選手は、なかなかいないから」と語っていた。

 若手選手からも、そして首脳陣からも信頼の厚い男。それが、「大松尚逸」という男なのである。「96敗」というチームワースト記録を体験した、今年のヤクルトファンならば、大松が放った2本のサヨナラホームランによる「2勝」は、決して忘れていないはずだ。

 さらに、若手の手本として、チームにいい影響をもたらしているのならば、やはり大松の貢献度は高いといえるのだろう。しかし、いかんせん、打率.162なのだ。今季の大松に対する評価、判断はなかなか難しいところなのである。

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