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さよなら駿太…僕たちオリックスファンは君の才能を今でも信じてる

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/07/10
note

壁にぶち当たる「ドラフト1位」

 しかし、若い頃から周囲に期待され、その期待に応え続けて来た人は、時にそうではない。そのメカニズムはたぶんこうだ。

 幼い頃から大きな才能を有してきた彼らは、その才能故にずっと周囲から期待され、その期待に応えることが当然だ、と自分自身も思っている。とはいえ、世の中には必ず「上には上」がある以上、人間は人生のどこかのステージで、必ず壁に当たる。

 そしてそんな時、彼らはこう考える。

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 周囲の人は自分には才能があると言い、だから大きな期待を持ってくれている。皆が皆そう言うんだから、きっと自分には能力があるに違いないし、ここまでは実際上手くやって来れた。にも拘わらず、結果が出ていないのは、能力がないのではなく、努力が足りないからだ。だとすれば、もっと頑張らなきゃいけないじゃないか。のんびりと寝てる暇なんか無さそうだ。

 こうして、嘗ての「ドラフト1位」の優等生は、懸命にもがいた挙句に高い壁にぶち当たる。そして不幸なのは、その壁は周囲の誰からも愛され、真面目に努力を積む人にとって程大きく高くなる事だ。

 彼らは真面目だからこそ、苦難を努力で乗り越えようとし、誰からも愛される良い人だからこそ、周囲の期待に応えなければならないと考える。そして周囲の人々も彼らの悩みに応えようと、様々なアドバイスを送り、真面目で善人な「ドラフト1位」は、そのアドバイスの一つ一つに丹念に耳を傾ける事になる。

 とはいえ、そのアドバイスは、与える人によって異なり、「ドラフト1位」はやがて迷走を始める。そうして研究やプレーのスタイルを幾度も変え、やがて元々の自分のスタイルが何だったかすらわからなくなる。賢明な努力にも拘わらず成績が低下を始め、周囲の期待に応えられない彼らの悩みはますます深いものになる。甞ては自らの遥か後方にいた同輩達に追い越され、後輩達もそれも続く事になる。どうしてこれほどまでに練習し、一生懸命アドバイスも聞いているのに、状況はどんどん悪くなっていくんだろう。もう何もわからない。

「上州のイチロー」の才能を今でも信じている

 そして最悪の場合、周囲の応援が彼らを更に追い込むことになる。才能があり、素直で、真面目な彼らは誰からも愛される人々であり、だからこそ人々はその様な状況の中でも、彼らを熱烈に応援する。何故ならそれは、再び彼らが愛すべき存在であり、また我々が未だ彼らの才能を固く信じているからだ。

 でも、そんな大きすぎる期待は、逆に彼らを一つの場所に縛り付け、逃げ場所を失う事を余儀なくさせる。

 人間には本当は、周囲の期待から解放され、失敗をする事を許される環境も必要だ。そして何よりも自分自身の本当の姿と折り合いをつけなければならない時が来る。でもそれができない時、人はそこから逃げようと、こんなすら口にしたくなる。「いいですよ、僕は裏方で」。でも、それはとても悲しい事だと思う。だって君は、まだまだ僕らよりずっとずっと若いじゃないか。

 だとすれば、残念だけど、とても残念だけど、僕たちはきっとそろそろお別れすべき時なんだ。駿太、僕たちオリックスファンは君の才能を今でも信じている。でも、圧倒的な身体能力を持つ「上州のイチロー」が悩み苦しみ、この場でその才能を開花する事が不可能ならば、君は一度この場を離れ、新しい所に活躍の場を見出した方が良い。行け、走れ、Go、駿太。名古屋に行ってからも応援してるよ。俺たちの事は気にせず、自由にやれよ。

 大丈夫、京セラドームのファンは、皆、君がいつの日か戻ってくるのを待っているよ。「壊れた信号機」はいつもの様に開けておくから、あのレーザービームをまた見せてくれよ。

 あれ、何だか帰りたくなくなっちゃったなぁ。やっぱり、もう一度、あの学生たちが残っている居酒屋に戻るとするか。だって、うちの「ドラフト1位」達も何とかしてやらないといけないもん。連中、酔い潰れてなかったら良いんだけど。タクシー、2台用意して置こうかな。

僕たちオリックスファンは君の才能を今でも信じている

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