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笹山 敬輔
2018/01/01

伝説のベストセラー作家・五島勉の告白「私がノストラダムスを書いた理由」

作家・五島勉インタビュー #1

1999年7の月、空から恐怖の大王が降ってくる――。日本中に「大予言」ブームを巻き起こした『ノストラダムスの大予言』。その著者・五島勉さんは現在、何を考えているのか? 「体調も回復したので、お話ししておこうと思います」。88歳、今、語られる貴重な証言。

五島勉さん「お話ししておこうと思います」

退院後間もなく88歳になりました

―― 入院されたと聞いて心配していましたが、お元気そうで何よりです。

五島 6月頃からいろんな病気をしましてね、最後は心不全にまでなりました。心不全というのは死に至る病で、程度にもよりますが、たいてい生き返らないんだそうですよ。

―― 無事に復活されたわけですね。

五島 ようやく退院して、退院後間もなく88歳になりました。

―― 米寿を迎えられたということで、おめでとうございます。

五島 いえいえ、とんでもないです。何がめでたいって話ですよ。友達ももうずいぶん死んでますし。週刊誌で一緒に仕事した仲間も、たいてい辞めるか、亡くなるかしてますからね。

 

母に受け継がれた話の中に、黙示録や予言の話があった

―― 今日は、五島さんが週刊誌のライターとして活躍していた時代についても伺いたいのですが、まずはやはりノストラダムスから始めさせてください。1973年に出版された『ノストラダムスの大予言』は大ベストセラーになりましたが、最初から予想されてましたか?

五島 いや、私を含めて誰もそう思ってなかった。毎年たくさん出る新書版の中の1冊という感じです。ほとんど機械的にといったらあれだけど、特に力を入れたわけでも何でもないです。ただ、編集者が、せっかくの面白い題材だから早く出しましょうというので、せっつかれて書きました。

 

―― 当初は、広く「予言」をテーマにした本を考えられていたんですよね。そもそもどうして予言に興味を持ったんですか?

五島 それは、自分がクリスチャンの家に生まれて、母親からいろいろと聞かされてましたから。私の家のキリスト教は、ローマカトリックじゃなくてロシア正教です。ニコライ堂を建てたニコライ大主教が、明治時代、函館に上陸して布教を始めたとき、最初の信者の一人が私のおばあさんなんです。おばあさんは早くに死んじゃいましたけど、母に受け継がれた話の中に、黙示録や予言の話がありました。

―― それはどんなお話だったんでしょうか?

五島 海の向こうから怪物がゴーッと出てきて、人間をみんな飲み込んじゃうというような話でした。私が聞いたのは小学1年生くらいです。怪物そのものがいるとは思わなかったんですが、その怪物は何だといったら、これからのアメリカのことだと。

―― まだ戦争が始まる前ですよね。

五島 始まってないですね。今考えれば、それは黙示録の一部ですよ。でも、そんな話を聞かされていたから、ずっと後になってキリスト教の予言とかにもビビッとくるんです。

―― じゃあ、お母さんの影響はかなり大きい?

五島 そうです。母親の影響というのはその当時からありました。