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《カラオケパブ殺人事件》「主人がワイシャツを漂白剤につけていたことがありました」宮本被告(57)の妻が語る、事件があった6月の“深夜の出来事”

《カラオケパブ殺人事件》「主人がワイシャツを漂白剤につけていたことがありました」宮本被告(57)の妻が語る、事件があった6月の“深夜の出来事”

2022/12/08

genre : ニュース, 社会

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 2021年6月11日、大阪の天満駅近くのカラオケパブ「ごまちゃん」を経営していた稲田真優子さん(当時25歳)が、鋭利な刃物で10箇所以上を刺されて死亡した事件で、殺害の罪に問われていた宮本浩志被告(57)。

 住友電気工業に務めるエリートサラリーマンだった宮本被告だが、10月20日に大阪地方裁判所で懲役20年の判決を言い渡された。

宮本被告

「天満カラオケパブ殺人事件」を発生当初から追ってきた私のもとに、宮本被告が働いていた住友電工の元同僚から連絡が入ったのはその日の夜だった。

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400人いた同期の中で「もっとも昇進が遅い社員だと思われます」

 宮本被告の会社での顔を知る証言は貴重だ。匿名を条件に取材を申し込むと、元同僚は応じてくれた。

「宮本さんが入社した1992年は住友電工の採用人数が歴代で最も多かった年で、“石を投げれば九二に当たる”と言われていました。徳島大学の工学部を卒業して、25歳を過ぎて入社したようです。鋭い眼に特徴があって、逮捕された時の報道写真を見てすぐにあの宮本さんだとわかりました。何事もなく勤務していたら、今年でちょうど勤続30年になるはずでした。住友電工では早い人で10年目で係長に、15年目で課長に、22年目には部長に出世するのですが、彼は入社27年目にようやく課長に昇進した。およそ400人いた“九二”の中で、もっとも昇進が遅い社員だと思われます。それでも年収は1000万円以上はあったと思います」

 同期の多くが海外の重要拠点などへの転勤を経験する中で宮本被告は国内の部署を転々とし、事件発生当時は子会社の住友電工情報システムに出向していた。それゆえか、宮本被告が逮捕されて勤務先の会社名が報じられても、社内で大きな問題になることはなかったという。

亡くなった真優子さん

「出向といっても片道切符ではなく、給料は住友電工から出ていました。彼の仕事は、物作りの会社である当社の生産効率を考えるシステムや、売り上げを管理するシステムの構築でした。コロナ禍で約6000人の社員の多くがリモートワークになり、設定の相談などで忙しくしていたはずですよ」

 それでも宮本被告は2日に一度の頻度で天満に向かい、19時に開店する「ごまちゃん」にオープンから入店していたことになる。

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