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連載世界経済の革命児

大西 康之
2018/02/27

トランプ大統領を支える「破産の帝王」

世界経済の革命児

 1月で発足から1年を迎えた米トランプ政権。調査会社ギャラップが1月に発表した就任1年目の平均支持率は38.4%と戦後最低だ。そんなトランプ政権が命脈を保っているのは、過去最高値水準にある株価など、経済が好調に推移しているからだ。その経済政策を支える男こそ「King of Bankruptcy(破産の帝王)」の異名をとる商務長官、ウィルバー・ロスである。

Wilbur Louis Ross(米商務長官) ©共同通信社

 2017年11月に「パラダイス文書」が暴いたタックスヘイブン(租税回避地)取引に関わる大量のデータの中に、ロスの名前があった。メディアは投資家と商務長官という2つの顔を持つロスが「利益相反を犯しているのではないか」と詰問したが、ロスは記者会見で「(資産管理には)細心の注意を払っている。利益相反はありえない」とカメラを睨みつけた。その後、プーチン大統領が関係するロシア企業への投資も問題視されたが、トランプはロスをかばい続けている。それだけ政権になくてはならない人物なのだ。

 ロスはアメリカ資本主義の権化である。1937年、ニュージャージー州で弁護士の父、教師の母のもとに生まれ、76年から2000年まで、24年の長きに渡り、プライベート・エクイティー(PE)・ファンド(倒産会社などの未公開株を買って事業を再生し、企業価値を高めて売却する投資ファンド)の責任者としてロスチャイルド家に仕えた。

 2000年、自身のPEファンド、WLロス&カンパニーを立ち上げて独立。2002年にクリーブランドの鉄鋼大手、LTVの生産設備を買い取ってインターナショナル・スチール・グループ(ISG)を設立した。失業していた4500人のLTV従業員のうち1500人を再雇用し高炉に再び火を灯した。

 救われた1500人にとってロスは「神様」だが、もちろん慈善事業家ではない。職を失った3000人の医療保険は打切られ、企業年金も業績連動制にした。会社が赤字の年は退職者に年金が出ないという厳しさだ。

 その後ISGはアクメ・スチール、ベスレヘム・スチール、ウィアトン・スチールなど、日本や韓国の鉄鋼メーカーとの競争に破れて倒産した米国の大手鉄鋼メーカーを次々に飲み込んでいく。条件はLTVと同じ。ISGの従業員数は1万5000人を数えたが、退職者は17万人。この17万人に対しては健康保険や年金など「レガシー(遺産)コスト」の負担を打ち切り、一方で工場には最新の設備を導入して生産性を上げた。

 17万人には恨まれているだろう。しかしすでに「死に体」だった米国の鉄鋼産業を生き残らせるには、それしかなかった。資本の論理で、生かせるものを生かし、結果として米鉄鋼産業の命脈を保った。

 2004年にはISGをオランダの鉄鋼大手LNMと合併させ、世界最大の鉄鋼メーカーにのし上がる。仕上げは05年。ロスはISGをオランダの鉄鋼大手ミタルに4500億円で売却。その後、ミタルはルクセンブルクに本社を置くアルセロールと合併してアルセロール・ミタルになり、世界の鉄鋼市場の頂点に君臨している。つまり大再編のきっかけを作ったのはロスだった。この間、ドラスティックな改革を嫌う日本は新日本製鐵と住友金属を合併(12年)させるのがやっとで、国際再編からすっかり取り残された。

 日本ではロスのような逆張りをする投資家を「ハゲタカ」と忌み嫌う風潮がある。しかし果敢にリスクをとる投資家がいてこそ、市場は健全に機能する。リスクテイカーのいない日本の資本市場は、強気な時は買い一辺倒で弱気になると売り一辺倒。これでは機能不全に陥ってしまう。例えば1990年4月から2016年3月までの25年間、日経平均の上昇率はマイナス41%、NYダウはプラス566%。リスクテイカーの有無がそのまま成長力に直結していると言っていい。

 米国の投資家といえば「オマハの賢人」ウォーレン・バフェットや「イングランド銀行を潰した男」ジョージ・ソロスを思い浮かべるが、彼らが表の顔とすれば、ロスや、地価暴落の時に土地を買い漁り、巨万の富をえた「墓場のダンサー」サミュエル・ゼルは裏の顔だ。表と裏がそれぞれの役割を果たすことで、米資本市場はバランスを保っている。そして必要とあらば、裏の顔であるロスが商務長官という表の顔になる。米国の資本市場はやはり奥が深い。