スキップ藤沢五月。平昌オリンピックで投じたラストストーンは、あろうことかミスとなり、イギリスに逆転のチャンスを与えてしまった。

 きっと、負けを覚悟しただろう。ところが、藤沢のラストストーンはミスになった分、イギリスのイブ・ミュアヘッドを“誘惑”した。ここからドラマが始まる。

 あなたがラストストーンを決めて2点取れば、銅メダルですよ。

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 そのストーンは、そう囁いているように見えた。イギリス側から見れば、藤沢のストーンは色気ムンムンで、艶っぽいことこの上なかった。悪女と呼んでもよかった。それほど、藤沢のストーンはデリバリーの位置から、見え過ぎていた。

ミュアヘッドより一つ年下の藤沢五月 ©getty

100本中99本決められるショットだった

 誘惑に乗る形で、ミュアヘッドの決断は速かった。このままでも同点だったが、ミュアヘッドは日本の石をダブルテイクアウトし、2点を取る。

 銅メダルを自分たちの手でつかむ。誘惑は、ミュアヘッドの欲望へと変化した。

 イギリスBBCの解説者、自らもメダリストであるデビッド・マードック氏は、「ミュアヘッドなら、100本中99本は決められるショットだ」と後に解説したほど、イージーなショットだった。

 ところが——。

美人スキップとしてイギリスを牽引したミュアヘッド ©getty

 欲望が体を制御できず、ミュアヘッドにリリースを狂わせた。

 ミュアヘッドがストーンをリリースした瞬間、私は「えっ?」と声を出してしまった。どうみてもウェイトが速すぎた。集音マイクは、ハウスで待っているバイス・スキップのアナ・スローンの絶望的な声を拾っていた。“Off, off, off……”

 オフ。これは、カーリングでは絶望的な状態を指す。ストーンが狙ったラインから外れ、曲がり出すのを祈るしかない状態のことを指すからだ。

 ミュアヘッドのストーンは、曲がり切らずに悪女へとぶつかる。ストーンがカンカンカンと音を出して、散らばる。

 最後、ハウスの中央にいちばん近かったのは、黄色の日本のストーンだった。

 このラスト2投を見ただけでも、カーリングの恐ろしさ、奥深さを感じざるを得なかった。

 もしも、藤沢のラストストーンが完璧な位置に置かれ、端正な佇まいだったとしたら、とても同じ結末が待っていたとは思えない。藤沢のミスが誘惑を生み、欲望を喚起させたからこそミュアヘッドのデリバリーを狂わせたのだ。 

 すると、藤沢のラストショットはミスだったとも言い切れなくなる。カーリングでは相手の石が投じられて、初めて意味が明らかになる。陰と陽。すべては一瞬にして入れ替わる。