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その瞬間背筋が凍り…ライオンズ中継32年、NACK5の”母”がやらかしたとんでもない失敗

文春野球コラム ペナントレース2023

2023/08/27
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 好きなプロ野球チームの試合状況や経過を知るには、今やネット中継を始め様々な方法がある。読者の皆さんの中にはラジオで聴いている方もいると思うが「radiko(ラジコ)」で全国のプロ野球中継を行なっている43局のラジオ局(2023年調べ)の中から選択して聴くのも一つの方法である。

 そんなラジオ局の中で、毎週日曜日に埼玉西武ライオンズの中継を行なっている埼玉県のFM放送局「NACK5」(79.5MHz)をご存知だろうか。

 埼玉県内で圧倒的な聴取率を誇り、関東一都三県で聴取率トップを度々取るなどリスナーの熱い支持を集めているFMラジオ局で、今年開局35周年を迎える。

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 開局当初から音楽はもちろんトーク中心の番組やスポーツ中継に力を入れていて、開局2年目の1989年4月からFMラジオ局初のプロ野球中継「サタデー&サンデーライオンズ」がスタートした。

 私はその2代目レポーターとして1991年春から(1年離れた時期もあったが)2004年まで担当。2014年から現場ディレクターとして、ライオンズの遠征と共に中継のある週末はベルーナドームを中心に全国の球場を回っている。気づけば、中継に携わり今年で32年目。ライオンズの優勝ビールかけ10回参加は私のプチ自慢である。

歓喜のビールかけでは取材陣も笑顔があふれる ©吉野麻子

画期的な中継スタイル

 ここで少し自己紹介をしたい。今からウン十年前、大学卒業後自動車会社に就職した私は、元々アナウンサー志望で夢を諦めきれないでいた2年目の夏頃、開局してまもない「エフエム埼玉」(現NACK5)の契約アナウンサーの募集を知り、淡い期待を持って応募したところ運よく採用。番組をいくつか担当し忙しくかけ回っていたある日、高校時代ソフトボール部でスコアをつけていたことを知ったスポーツ担当プロデューサーに声をかけられ、ベンチレポーターに任命された。1990年の秋だった。

 番組の中継スタイルは、いわゆる実況アナウンサーとベンチレポーターの2人体制で解説者はなし。坂信一郎アナウンサーと矢野吉彦アナウンサーの2人が担当し、基本実況の1人喋り。実況が見えないこと、知りたいこと、選手情報、談話などをベンチの横のカメラマン席にいる女性レポーターが伝える、という当時としては画期的なスタイルだった。軽妙な語り口のダジャレ王「ボイス オブ ライオンズ」こと坂アナと、コアな野球ファンを唸らせる記録と記憶の鬼、矢野吉彦アナ。それぞれ個性的で真逆の実況スタイルが評判を呼んだ。

 今でこそディレクター(?)としてアドバイスをするような立場になったが、駆け出しの頃は笑えない失敗の連続で思い返せば怒られてばかりだった。

ベルーナドームで番組中継を行う筆者 ©吉野麻子

伝説の日本シリーズの裏で……

 その中でも1992年のヤクルトスワローズとの日本シリーズ第1戦は忘れられない。

 常勝ライオンズ率いる森祇晶監督と専任監督としては初のリーグ優勝を果たしたヤクルト野村克也監督との「知将対決」「狐と狸のばかし合い」などと対戦前から注目されていたシリーズだった。女性レポーターや記者はほとんどいない時代。新米レポーターの私は緊張でゲーム前から震えていた。

 神宮球場の一塁側と三塁側のベンチサイドにベテラン解説者やテレビラジオのアナウンサーたちが張り付き、マイクに局名を記したガムテープを貼るなど、一目でわかるように並べていた。

 私はイヤホンで実況の声を聞きながら、三塁側グランドに通じる扉の隙間から試合の様子を窺っていた。試合は3-3のまま延長戦に入り12回裏ヤクルトの攻撃。満塁のピンチの場面で、この年限りでの引退を表明していた大ベテラン代打・杉浦享選手がコールされ、ヤクルトファンの大声援の中ゆっくりとバッターボックスに入っていった。

 ライオンズの抑え・鹿取義隆投手が2ストライクに追い込んだ3球目。一瞬の静寂のあと、大歓声が地響きのような轟音に変わり、イヤホンから聞こえるはずの実況の声が全く聞こえなくなった。代打満塁サヨナラホームランだった。鳥肌が立って震えた。両手を上げてホームに戻る杉浦選手への手荒い祝福、誰もいないライオンズベンチの状況などを伝えようと急いで三塁側マイクの一つを取り上げた。

 いつも使っているマイクの感触が違う、と気づいた時はもう遅かった。他局のマイクを握って実況に何度も呼びかけていたのだ。背筋が凍ったが、何ごともなかったように静かにマイクを置いて自分のマイクでレポートを入れ直した……。試合の後、大目玉を食らったのは言うまでも無い。

 この後ライオンズは激闘の末に3連覇を果たし、森監督や石毛宏典選手などの喜びのインタビューを初めて行い、現場の楽しさを知る瞬間でもあった。

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