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「守りに入る人生でお前はええんか?」73歳になった東尾修さんに学ぶ、“老い”との付き合い方

文春野球コラム クライマックスシリーズ2023

2023/10/19
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東尾修、そんなこともするのか!

 思えばこの仕方のないことを東尾さんは楽しんでいる節がある。これまでは家族に任せっきりだったことも、同じだけ年を取る家族とともに生きる中で、自分がやらなければ仕方ないことが増えてきた。家の掃除、洗濯も「嫌いじゃないからなぁ」と一通りはやる(そして得意気に言う)。

「おい、近くにコンビニはないか?」と訊かれたら、それは十中八九公共料金の支払いだ。「東尾修、そんなこともするのか!」と毎度心の中で思い、無礼にならないように口にも出してみるのだが、なぜかそんな時、東尾さんは楽しそうなのだ。いやだと思っても仕方のないことは、楽しみながらやる。なかなかできることではない。

 とはいえ、不安がないわけではなさそうだ。これから先、一人になったときのことを考えないわけではない。老人ホームを探したこともあると言う。その価格に目玉を剥いて驚いていたが、それでも見てしまう。「一人は嫌やなぁ。一人でいるくらいなら、いがみ合ってでも人といた方がええよ」ということらしい。

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 終活中と言ってはばからない東尾さんに、これからどう生きたいかを訊いた。

「どうもこうも、楽しいのがええよ。あと10年生きて、往生したいな。あと10年、寿命まで楽しく生きられればそれでいいんじゃないか」

 楽しいとは何か。

「例えば、兄やんと放送をやったことがあったろ(注:9月2日のインターネットラジオ中継解説の際に、取材に来ていた松沼博久さんをやや強引に誘い、ダブル解説でお届けしました)。ああいうのは楽しいやろ」

 急遽東尾さんの命を受けた兄やんは断ることもできず、最後まで中継に付き合ってくださった。型にとらわれず、やりたいようにやる。多少強引でも、人を巻き込んででも、楽しいと思う方を選ぶ。それがなかなか難しいのだが、それでもやる。心がワクワクする方を選び続けることは簡単ではないが、その方がかっこいい。

松沼博久(左)さんを巻き込んで楽しそうな東尾修さん。右は高橋将市アナウンサー ©黒川麻希

東尾さんにした、転職の相談の答え

 楽しい方に進むということではないが、東尾さんに転職の相談をしたことがある。いつクビになるかわからない今の仕事よりも、もっと安定した仕事を探そうかな……と。そこでいただいた言葉が、忘れられない。

「そんな守りに入るのでお前はええんか。今の仕事で好きにやって、力つけて、その力で生きていくのがお前のチャレンジなんじゃないのか」

 そうだった。私は楽しく生きたいんだった。楽しく生きるために頑張るって、そう思っていたんだった……と思い出させてくれた一撃だった。

「クビになったらそん時はそん時考えたらええやないか。なんぼでも自信はあるんやろ。困ったときは俺のマネージャーでもやればええんやから」

「……それは介護ですね」と笑ってこの話は終わったのだが、迷いを見抜いてこんな言葉をかけられるようになるのなら、齢を重ねるのは悪くない。

 人生には思い通りにならないことやどうにもならないことがたくさんある。老いもその一部だ。そんな時にどう向き合えるかで人生の色が変わるのだと、そう気付かされた。困ったときは「仕方ない」と口にして、前に進んでみようと思う。

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