文春オンライン

人をぐいぐい引き込む文章を書く方法とは? 気鋭の辺境ノンフィクション作家と臨床心理学者が明かす“創作術のヒミツ”

高野秀行×東畑開人 特別対談

source : ライフスタイル出版

genre : ライフ, 読書, , 社会, ライフスタイル

note

その気はなかったのに「ハリウッド脚本術」になっていた

東畑 僕も小説好きなので結構読みます。ただ、実は『野の医者は笑う』を出したときに、心理の同業者から「スター・ウォーズ」のシナリオ術で書かれていると言われました。実際には使ってなかったんですけど、興味をもって読んでみたら、確かにそこで勧められている通りのやり方で自分が書いてたので驚きました。

 ジョージ・ルーカスはスター・ウォーズを作る時、ユング系の心理学者ジョセフ・キャンベルが世界の神話を集めて比較研究した物語の「型」を使って制作しています。それが大成功したからその後ハリウッドでは、大体同じ方法論で映画がつくられているんですよね。

©細田忠/文藝春秋

 例えば、ディズニーの映画は物語構造が全部同じ。現実界から異界に行って、未知の場所で誰かと出会って冒険し、最後ちょっと大人になって帰ってくる。なので、僕は映画が始まって、5分で結末が大体わかります。構造から計算できるわけです。で、その通りになるんですけど、やっぱり泣いちゃうんですよ(笑)。不思議ですね、物語というものの力を感じます。

ADVERTISEMENT

 ですので、『居るのはつらいよ』からはハリウッド脚本術を読みまくって、自覚的にその物語構造にそって書くようにしています。プロットを表にして、縦軸がテンション(緊張感)で、横軸が時間の流れで、こういう曲線で出来事の展開を構成すればいいんだな、みたいな(笑)。

迷いの森で彷徨っていると、急にダーンと大きな道筋が

高野 表まで作ってるんですか! 僕はそういうシナリオ術はまったく知らないんですよ。自分の読んできた小説、特にミステリーのテイストが体に沁み込んでいたと思うけど。

 本を書くときは、最初に大まかなストーリーラインは作っています。一応作るんですけど、絶対にその通りにいかない。各章ごとに塊で書いていくのですが、どんどんわからなくなってきて、「迷いの森」に深く入る。完全に道を見失ってしまって、どこに行くかもわからない。

 そういう時なんだかボーっとしているんですよ。パソコンに向かっても、すぐにネットサーフィンとかして、野球の速報とか見たりして、何も集中できてない。でも迷いの森で何日か彷徨っていると、急にダーンと大きな道筋が降りてくる。自分の頭でなにが起きているのかよくわからないですね。

©細田忠/文藝春秋

東畑 そうなんですね。最初に謎を追いかける目論見があるわけですよね。高野さんの作品は、謎から始まり、現場に行って、いろんな情報を集めているうちに、さらに謎が深まって、そして世界が広がっていくのが素晴らしい。

 たとえば『イラク水滸伝』では後半、宇宙的な絵柄のマーシュアラブ布がもうひとつ強力な謎として現れて、湿地帯の歴史と民族と宗教が、渾然一体となって集約されていきますよね。高野さんが名探偵となって謎が解き明かされていく。書く段階で、これが強いストーリーラインになるぞという手応えはないんですか?