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urbansea
2018/03/26

“佐川先輩”の逆を行く「いくら何でも」太田理財局長の独自路線

目立たないエリート官僚の「運と不運」

 大女優・山田五十鈴は、女友達が夫を亡くし、その葬式にでたおり、悲しみにくれるひとの姿とはいかなるものか、演技の参考に、悲しみにくれるひとの姿とはいかなるものか、じっとその友人を観察していたという(注1)。そんな山田五十鈴に「これが、心が折れた瞬間のひとの姿ですよ」と見せたくなるのが、こないだの財務省・太田充理財局長である。

着席したまま、びろ~ん

 それは19日の参院予算委員会でのこと。和田政宗議員があびせた質問に、太田理財局長は脱力したかのような表情で、着席したまま、びろ~んと横に倒れかかる。国会中継で映し出されたその挙動は、瞬く間にツイッターなどで世に広まっていった。

大田充理財局長(83年入省)©共同通信社

 後に議事録から削除されることになる、和田議員と太田理財局長のやりとりをおさらいしよう。

《和田「まさかとは思いますが、太田理財局長は、民主党政権時代の野田総理の秘書官も務めておりまして、増税派だから、アベノミクスをつぶすために、安倍政権をおとしめるために、意図的に変な答弁をしているんじゃないですか」

太田「お答えを申し上げます。私は、公務員として、お仕えした方に一生懸命お仕えするのが、仕事なんで、それをやられるとさすがに、いくら何でも、そんなつもりは全くありません。それはいくら何でも、それはいくら何でもご容赦ください」》

あまりにも官僚的でない、人としての答弁

 聞く者に、太田理財局長の言葉が偽らざるものだとの重みなり確信なりを与えたのは、その前に見せた挙動と、色をなして繰り返し言う「いくら何でも」にあったろう。「国益より省益」、「面従腹背」、そういう世界に生きる者にも、役人としての仁義はあるのだと。

『週刊文春』1982年12月18日号には83年大蔵省入省組を特集した記事がある。「太田充君(22=東大法)は野球に夢中だ」との記述も。

 ここでの太田理財局長の立ち振る舞いは、無味乾燥・非人間的の比喩である「官僚的」とは程遠い。つまるところ和田議員は、はからずも「官僚の中の官僚」である財務官僚から、官僚的でない、人間味のある答弁を引き出したのであった。「聞き出す力」ならぬ「引き出す力」である。

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