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日本ハム・鶴岡慎也に言いそびれていた「おかえりなさい」の言葉

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/04/18

 開幕して私が驚いたのは、まだきちんと「おかえりなさい」を言っていなかったこと。

 今シーズン、ファイターズには5年ぶりに鶴岡慎也選手が戻って来ました。

 鶴岡選手は2003年、テストを受けてドラフト8位で三菱重工横浜硬式野球クラブからファイターズに入団。苦労人が1軍に定着しだしたのは北海道日本ハムファイターズが初めて日本一になった2006年からのことです。私が担当するHBCラジオ「ファイターズDEナイト!!」が始まったのも同じ年で、鶴岡選手の活躍と共に番組も歩んでいる気がしていました。

 現カブスのダルビッシュ投手とバッテリーを組むことが多く、先輩のサインになんの遠慮もなくクビをぶんぶん振る年下エースに、少し困った様子のマスク姿は、どこか微笑ましくもあって、2011年のオフ、ダルビッシュ投手がメジャー挑戦となった時にはもうこの光景は見られなくなるのかと寂しくなったものです。

 翌年は選手会長として優勝チームを引っ張り、ダルビッシュ投手とは取れなかった最優秀バッテリー賞を吉川投手と受賞、2013年のオフに鶴岡選手はFAでファイターズを去りました。

鶴岡慎也とダルビッシュ有 ©文藝春秋

 そして今シーズン、新たに取得したFA権で史上初の古巣復帰。

 ファンの歓迎ぶりは想像を超えました。番組へのメッセージは文字通りスタジオにあふれ、直接「おかえりなさい」を伝えたいファンは札幌市内の室内練習場に寒空のもと連日駆けつけ、旅行会社が企画する2月のキャンプ見学ツアーには鶴岡選手の復帰が決まってから参加を決めたファンが大勢いたと聞きました。応援グッズもみんな大切に保管してありました。オープン戦のスタンドには懐かしい鶴岡グッズが数えきれないほど踊りました。緑のガチャピンもたくさん。みんな大好き「鶴ちゃん」が戻ってきたのです。

私も大事にしまっていた鶴岡グッズ ©斉藤こずゑ

 私はというと、正直、戸惑っていました。こんなに手放しで喜んでいいのだろうか、と。栗山監督も「ツルのことは、ほんと、うちらしいよね」ってインタビュー時に仰っていたけど、素直に笑ってしまっていいのか、と。一度出て行った選手に普通に「おかえりなさい」ってそんな簡単に言ってもいいものなのか、と。心にもやっとした物を残したまま私はシーズンに入り、4月10日からの今年初のホークスとの三連戦を迎えました。