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「おいこら!! 俺は天皇陛下の息子や!!」まわりは“ユカイな酔っぱらい”ばかり…とにかく刺激的だった「1999年の西成地区」

『にっぽんダークサイド見聞録』より #3

2024/04/27

genre : ライフ, 社会

note

 裏ビデオの販売はDVDに移行したあとも長く続いた。裏ビデオは独自に作っているものではなく、インターネットのモザイクがない作品を無断でダビングしている物が増えた。

 エロだけではなく、普通の作品も売っていた。映画やアイドルのビデオなどを違法ダビングして販売する店がいくつもあった。かなり取締が強化されて、今では見なくなった。

 そんな、西成の一番のランドマークが、あいりん総合センターだ。13階建ての巨大な建物で威圧感もある。

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 一階部分は「寄せ場」になっていて、多くの日雇い労働者が仕事を求めてやってきていた。1960年代のセンター前の写真を見ると、何百台という自動車が停まっていた。全部日雇い労働者を運ぶための車だ。

 1999年は、もちろん今よりは日雇い仕事はあったが、それでも並んでいた自動車は数台だった。日雇労働者が集まる場所というよりは、ホームレスが集まる場所になっていた。

 一階部分には、炊き出しの順番取りのためにズラーッと荷物が並べられていた。夏の暑い日でも館内は空調が効いているわけではないが、屋根があるぶん外よりは過ごしやすい。

 二階に登ると、段ボールや新聞を敷いて寝ている人が何十人もいた。中には上半身裸、パンツ一丁の人もたくさんいた。トイレに行くと、全身裸になった男性が、石鹼で身体を洗っていた。

 センターの前には酒の自動販売機があり、カップ酒をあおっては泥酔していた。みんなに酒をせびっていた男が、誰もがシカトをするのに腹を立て「おいこら!! 俺は天皇陛下の息子や!!」と怒鳴っているのが印象的だった。

 とにかく、みんなしとどに酔っていた。

「西成も大人しくなった」と言う人もいるけれど…

 あいりん総合センターは2019年に閉鎖された。すぐに取り壊されると思っていたが、未だに建っている。

 センターの周りは、労働運動系のバスが停められていたり、おびただしい量のゴミが捨てられていたり、閉鎖前よりも剣呑な雰囲気になった。

 案内した女性は「ここが、一番すごいですね!!」と喜んで写真を撮っていた。

 僕が西成に来はじめた頃の雰囲気が少し垣間見えたような気がして楽しくなってきた。

「西成も大人しくなった」「普通の街になった」と言う人もいるけれど、でもやっぱり普通の街とは違う。

 いつかはセンターも取り壊され、街には新しい建物が建ち、ドヤ街だったという記憶も失われる日も来るだろうが、その日はとりあえず明日ではない。

 その日が来るまでは、大阪に行った際は、だらだらと西成で過ごしたいと思う。

にっぽんダークサイド見聞録 (わたしの旅ブックス)

にっぽんダークサイド見聞録 (わたしの旅ブックス)

村田 らむ

産業編集センター

2024年4月15日 発売

「おいこら!! 俺は天皇陛下の息子や!!」まわりは“ユカイな酔っぱらい”ばかり…とにかく刺激的だった「1999年の西成地区」

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