「自分にとって本を書くことと探検をすることは、表現活動の両輪なんです。登山家は一般に寡黙なイメージですが、攻略ルートにすごくその人らしい登山哲学が表現されています。私も探検行為そのものによって自己表現したい。だから旅のテーマを考えるときは、それをどう作品化するのかを常に意識します。かつては探検家として不純ではと悩みましたけれど、いまはもう悩まなくなりました」
探検家・角幡唯介さんがこれまで書いてきた作品は、大宅壮一ノンフィクション賞をはじめ、名だたる賞を次々と受賞してきた。
「探検の最中にはたくさんメモをとっているんですが、ちょっと面白いなという話とか、しょうもない話って、作品のテーマ上、どうしても本に入らない。シリアスな探検行のなかで、うっかり致命的な忘れ物をしちゃったとか。そんな脱力するような話のストックがいっぱいあるんです。編集者から『探検家、36歳の憂鬱』(文庫『探検家の憂鬱』に改題)の続編をと声をかけられて、それならこの機会にまとめてみようと」
前著から4年、新刊『探検家、40歳の事情』を刊行するまでに、角幡さんのプライベートも激変した。
「探検家はコンパでモテないとこぼした昔のエッセイを前著に収録していたのですが、実はその刊行直後に結婚しちゃったんで、知人から『彼女を紹介しようか』と声をかけられて、だいぶ困ったんですよね(笑)。今回も探検から戻ってきた直後のぎすぎすしていた頃の夫婦喧嘩をネタに書いていたりしますが、いまはお互い落ち着いていますから。収録作の『原始人のニオイ』も、妻から言われて面白いなぁと思って、そこから自分が嗅いできた匂いを連想して原稿にまとめたんです」
不惑を迎えて、探検家としても充実してきた。この冬、太陽の昇らない北極圏を5か月に渡って旅する。
「朝日新聞を辞めた30代は、人生の再出発の意味でおおいに迷いました。でも40ともなると、そういう迷いがなくなる一方で、経験値が上って自分のできることとそのリスクもはっきり見えてくる。たとえば北極圏で2か月徒歩の旅をした経験があると、冬山や沢登りでも、どんな事態でもうけとめる心の余裕が生まれてきます。ただ、植村直己さんや星野道夫さんほか42、3歳で亡くなる探検家も多いので、私もその歳は大人しくしていようと思っていますが。無事に44歳を迎えたら、また続編を出したいですね」
初エッセイ集『探検家、36歳の憂鬱』から4年。妻子をもった探検家の小市民的な日常生活がはじまった。雑誌に掲載されたエッセイのほか、探検の途中でうっかり置き忘れたものを綴る「忘れ物列伝」、20代の探検の思い出と分かちがたく結びつくマラリアをめぐる「マラリア青春記」など、書き下ろしを多数収録。 文藝春秋 1250円+税