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ヤクルト・中村悠平が正捕手の伝統"背番号27”を受け継ぐとき

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/05/29

 キャッチャーというのは、つくづく難儀なポジションだ。9つある守備位置のうち、一人だけみんなと違う方向を見て、装着に手間のかかる重そうな防具を身にまとって、扇の要として、そして司令塔として、グラウンド全体を見渡しながら、試合をリードしていく。ときにはファールチップが直撃したり、大振りする打者のバットが後頭部に当たったり、ホームベース上のクロスプレーで負傷することもある。

 もちろん、試合結果を大きく左右する投手とは一心同体であり、バッテリーとして、そして女房役として、すべてのピッチャーと阿吽の呼吸が求められる。基本的に、投手とはわがままな人種だという。唯我独尊で、お山の大将だからこそ、マウンドというグラウンドの小高い位置から、一人だけグラウンドを支配することができるのかもしれない。

 個性も能力もバラバラな投手陣を相手に、それぞれのキャラクターに合わせた気遣いを見せ、ときには優しく、ときには厳しくみんなを引っ張っていくのだ。抑えれば投手のおかげ、打たれれば捕手のせい。データの裏付けとともに、洞察力をフルに生かし、考えに考え抜いたサインを出してみても、投手がど真ん中に失投を投じれば、もはやどうにもならない。けなされること、批判されることは多いのに、褒められることは滅多にない。やはり、キャッチャーというのは、つくづく難儀な職業、ハードなポジションだと思うのだ。

すべての批判を一身に背負って……

 さて、改めて中村悠平である。チームが低迷状態にあるとき、批判の矢面に立たされるのは、ベンチでは監督であり、グラウンドではキャッチャーだ。チームが最下位に沈んでいる現在、正捕手である中村に対する批判を目にする機会が増えた。「単調でマンネリ気味の配球」を指摘する意見もあれば、自軍投手の長所や相手打者の欠点を優先するのではなく、「自分本位のリード」を批判する声もある。

 あるいは、5月26日付の日刊スポーツでは、「ここぞの場面で手間を惜しみ、疑問符がつく配球が目立つ。これではベンチの信頼は得られない」と、野球評論家の谷繁元信氏から厳しい指摘も受けている。

 かの野村克也氏が言うように、「優勝チームに名捕手あり」という格言を鑑みれば、低迷が続く現在のヤクルトには名捕手はいないのかもしれない。けれども、わずか3年前の2015年、リーグ制覇を果たした際の正捕手は紛れもなく中村だったことを忘れてはいけない。そして、この年行われたプレミア12において、侍ジャパン・小久保裕紀前監督は「中村を中心選手として考えている」と発言していたことは、きちんと記憶にとどめておきたい。

リーグ制覇を果たした2015年の正捕手は紛れもなく中村悠平だった ©文藝春秋

 しかし、翌16年には極度の打撃不振もあって、強打を誇る西田明央と併用される機会が増え、「不動の正捕手」としての地位も安泰ではなくなってしまった。捲土重来を期した昨年は、127試合に出場して前年の不振から脱出する兆しも見えた。そして今年は、選手会長とキャプテンを兼任。「今年こそ!」の思いで開幕を迎えたものの、4月、5月ですでにルーキーの松本直樹や2年目の古賀優大にスタメンマスクを奪われる試合もあった。

 それでも、腐ることなく、キャプテンとして、選手会長として、ベンチ内で必死に大声を出してチームを鼓舞する姿を見ていると、実に切なくも複雑な心境になってしまうのである……。