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ラブストーリー 〜大阪で生まれたBs男子とタイガース女子〜

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/06/05

 阪神なんば線大阪難波駅3番ホーム。彼女との待ち合わせはいつもこの場所だ。改札脇のファミリーマートで買ったペットボトルを片手にiPhoneを確認したが、やはりメッセージは無い。きっと昨日の喧嘩が原因なんだろう。今日は久しぶりに一人京セラドーム大阪へ向かおうかと、到着した神戸三宮行き快速急行に乗り込んだ。駅の外は朝から続く生憎の雨、彼女の大好きな甲子園球場ならきっと試合中止だったんだろうなんて思いながら、閉まるドアの向こうの自販機をぼんやりと眺めていた。

阪神なんば線大阪難波駅 ©DOMI

 彼女の名前は明菜。みんなからアッキーが変じてラッキーと呼ばれている、いわゆる愛されキャラだ。明るく開放的で豪快でおしゃべりで少しガサツで、けれど彼女の周りはいつも人が集まっている、典型的なタイガースファンだ。一方僕はと言うと、おとなしく控えめで、どちらかと言えば内気な部類だろうか。苗字の古川をもじってブルと呼ばれる事も少し照れくさい、こちらも典型的なBsファンだ。僕らの関係はいつも彼女ペース。大阪の女性は何せ強い。大阪人で、女性で、タイガースファンならば関西では全てに優遇されて生きて行けるのだろう、その見本のような彼女だ。

 大阪難波を出発した快速急行は尼崎まで淡々と駅を通過して行く。今日のBsはセ・パ交流戦の対巨人戦だ。きっと彼女がいれば隣で「早う菅野を攻略しいや」とか「小林に打たれてどないすんねん」とか賑やかだったんだろうなと考えながら、桜川駅でもう一度iPhoneを確認した。やはりメッセージは無い。駅の外は朝から続く生憎の雨。到着したいつものドーム前駅は既にBsとジャイアンツのユニフォームを着た沢山の人で賑わっていた。

糸井嘉男に魅せられて

 彼女の最近のお気に入りは糸井選手のユニフォームだ。ついこの前までは鳥谷・鳥谷とうるさかったのに、糸井選手の豪快なホームランにすっかり虜にされてしまったのだろう。いかにもミーハーな彼女らしい。しかし、僕と野球観戦を楽しむ時はいつもBsファンで居てくれる彼女。セは阪神ファン、パならBsファンとうそぶく彼女は、Bsファンの自分から見るときっと、大阪に多い典型的な兼任ファンだ。彼女と野球観戦をするようになって僕も甲子園球場にも足を運ぶようになったが、それでも僕は縦縞のユニフォームに袖を通す事はない。「何でや。リーグ違うし別にエエやん!」無神経にそんな事を言う彼女。「大阪に住んでて阪神応援せん人も珍しいわ」彼女の理屈はいつも自分を主流側に置いての“上から発言”のようで僕にしてみれば受け入れ難い。彼女には一切そんなつもりはなく、ただそれが当たり前の事なのだろうが。

 控えめな僕でも時には名シーンに心踊り、こころなしか雄弁になる。山本由伸の力投に「最近は由伸が良いなぁ、未来のエースやで」と珍しく自分から話を振った事があった。「誰それ?」けれどそんな時の彼女の返事は決まってこうだ。秋山拓巳とか岩貞祐太とかタイガースの選手の名前はスラスラ出てくるのに。「速いん?」そして彼女の質問は至って分かりやすい。投手なら球速、これが野手なら「打つん?」こう聞かれていただろう。「うん。150キロちょい出るよ」iPhoneの画面を見せながら言う僕に「へぇ、ちょっと雰囲気が亀田興毅に似ててヤンチャそうやなぁ」無理に誰かに似せて例えるのも彼女らしいと言えば彼女らしい。「けど男前やん、好み違うけど」毎度の彼女ペースだ。「それよりさぁ、エエのんくれたなぁ、桑原謙太朗」確かに桑原の活躍はBsファンの僕にとっても嬉しい事だ。しかし彼女はベイスターズ時代の桑原の事なんか忘れているんだろう。きっとBsが育てた選手だと思っているはずだ。色々と思う所はあるのだがきっと彼女には伝わらない。「そうやね。桑原すごいなぁ、完全復活やね」とだけ答える事にした。