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要介護状態になった「毒親」を捨てたい──50歳の息子の葛藤

ルポ・毒親介護 #1 高齢化した「毒親」が奪う子どもの人生

2018/06/11

 雅也さんは兼業農家の長男として育った。両親に祖母、2歳下の妹の5人家族、農業は主に母と祖母が担い、父は近くの工場で働いていた。「酒乱だった」という父は、飲むほどに人が変わる。メシがまずい、風呂がぬるい、些細なことに激高しては母や雅也さんを殴りつけた。

 身長160センチと男としては小柄な父だが、筋肉質のガッシリした体格で力があった。5発、6発と殴られるとたちまち顔が腫れ上がり、そんな姿で学校に行くと「お岩さん」とからかわれた。四谷怪談に出てくる女主人公に似て不気味、そして哀れだったのだろう。

「気持ち悪い顔だな、誰に似たんだ?」

「一度タガがはずれると、暴言もひどかったですね。誰彼かまわずこき下ろし、延々と悪口を聞かされる。僕らが黙って聞いてると『なんとか言え』と怒られ、何か言えば『生意気言うんじゃねえ』と殴られて、もうメチャクチャですよ」

 気弱な少年だったという雅也さんは、格好のターゲットになった。「おまえみたいなバカは死んだほうがいい」「気持ち悪い顔だな、誰に似たんだ?」、容赦なく罵られては縮み上がる。そんな残忍さの一方で、父には別の顔があった。

「釣りに連れていってくれたり、パチンコの景品で子ども用のお菓子を持ち帰ったりするんです。普段がひどいから、たまに見せる優しさがとにかくうれしくてね。やっぱり父はいい人なんだ、子ども心にそう思い込もうとしてました」

 だが、「いい父」は所詮錯覚に過ぎない。気まぐれのような優しさは、すぐに何倍もの嵐になって襲いかかってくる。厳寒の夜、散々殴られた末にパンツ一丁で締め出され、真っ暗な物置小屋で震えたことがあった。父を恐れてか母は助けてくれず、「もうすぐ殺されるかな」と絶望した。

前歯のない口で怒鳴る父

 地元の高校を卒業後、寮付きの会社に就職して家を出た。自分の生活に追われるうち母や妹との交流も減り、特に妹とは疎遠になった。

「実を言うと昔は、僕自身が妹をぶったりしてたんです。弱い者がより弱い者をいじめる構図というか……。妹は実家から車で一時間のところに嫁ぎましたが、自分の生活で目一杯らしいし、今さら父のことを頼める空気でもない。そもそも田舎では、親の面倒は長男の責任という意識が根強いですしね」

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 母の葬儀後、雅也さんは何度か実家へ行き、父との話し合いを試みた。「体の具合はどう?」「これからひとりで大丈夫か?」、さりげなく話しかけても、父は顔を真横に向けたまま目も合わせない。母に関連する各種の手続きを進めるため、預金通帳や年金手帳の在りかを尋ねると、ムスッと黙り込んでビールを飲みはじめてしまう。

 大音量でテレビをつけ、寝転がりながら缶を空けていく父を横にして、仕方なく汚れた部屋の片付けをはじめれば「さわるな! 帰れ!」。入れ歯をなくしたのか、前歯のない口で怒鳴る父に老いの惨めさを覚えつつも、変わらないその姿勢が情けなくてたまらない。

「正直早く死んでくれ」と思う一方で

「年寄りなんてそういうもんだと割り切れればいいんでしょうが、むずかしい。むしろ、ここまできて何やってんだ、ちょっとくらい反省しろよ、と爆発しそうになる。こいつはもう救いようがない、正直早く死んでくれとも思うんです」

 それでも荒んだ暮らしを目の当たりにした帰り道、妙な罪悪感が湧いてくる。母への孝行もできず、幼かった妹を傷つけ、老いた父まで捨てていいのかと。数十年前、一家で汗した農作業や、父と釣りをしたひとときをふと思い出し、自分が薄情者のように感じるのだ。