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藤井聡太名人、そのあまりに高度な勝負術。控室では、棋士全員の顔色が変わった「王座戦の逆転劇よりも驚いています」

藤井聡太名人、そのあまりに高度な勝負術。控室では、棋士全員の顔色が変わった「王座戦の逆転劇よりも驚いています」

プロが読み解く第82期名人戦七番勝負 #1

2024/04/26
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 豊島が戻ってきた。

 1年半ぶりにタイトル戦の舞台に、4年ぶりに名人戦に、豊島が戻ってきた。

豊島が戦型選択を変更

 藤井聡太名人に豊島将之九段が挑戦する。

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 第82期名人戦(主催:朝日新聞社・毎日新聞社・日本将棋連盟)七番勝負第1局は、4月10・11日に目白・椿山荘で行われた。

 戦前、豊島はいろいろな戦型を指したい、力将棋に持ち込みたいと、インタビューに答えた。藤井も、どういう戦型になるのか予想できないと語った。

藤井聡太名人

 なぜ予想できないのか? それは豊島がスタイルを変えたからだ。豊島はコンピュータとの戦いを機に、対人の研究会をやめて独りでのAI研究に注力していた。それが対人の研究会を復活させ、NHK講師も務めるなど、人との接触を増やした。

 それまでは藤井と同じく角換わり腰掛け銀を主軸に戦っていたが、戦型選択も変えた。昨年6月の本田奎六段との王座戦挑戦者決定トーナメントで、先手で三間飛車に振ったのが始まりだ。先手で石田流ではないノーマル三間飛車にしたのは、棋士になって17年で初めて。

 居飛車でも、矢倉、相掛かり、さらには先手雁木と何でも採用した。角換わりでも、飛車先保留にする、あるいは早繰り銀にするなど何かしらの工夫を加え、通常の腰掛け銀を指さなくなった。後手でも、横歩取り、雁木、1手損角換わり、角交換振り飛車と、ありとあらゆる戦法を採用した。奨励会三段の将棋を参考にした斬新な囲いの四間飛車まで指した。

 振り駒で後手となった豊島が選んだのは、4手目に端歩を突いてから横歩取りに誘導するという、誰もが予想しなかった戦型だった。藤井が豊島の誘いに乗って横歩を取り、豊島が敵陣に角を打ち込む。同一局面は1局のみ、そして藤井は89分もの大長考で前例とは違う手を指し、21手目にして未知の世界に足を踏み入れることになった。

 豊島も昼食休憩を挟んで102分の大長考をし、局面が遅々として進まない。馬が盤上から消え、藤井は飛車を8筋に回してひねり飛車の構えに。

 豊島が40手目を封じて1日目が終わった。

なんでこんな狭いところに? 「えっ」と驚く控室

 2日目、筆者は昼頃に現地控室に赴いて挨拶をした。立会人は、青野照市九段。

青野照市九段

「進行が遅いね。昔の名人戦みたいだ」といって2人で笑う。先日、青野は将棋栄誉敢闘賞である通算800勝を達成したが、799勝目となった将棋では角換わり早繰り銀から新手を披露した。そのことについて尋ねると、

「本譜はうまくいきましたが、あの後調べ直してみたら、違う対応をされていたらどうだったか。新手が成功したかどうかは怪しいです」