「9分」

 51手目、永瀬の指し手に記録された数字だ。局面は終盤戦の入口。そして、持ち時間がまだ6時間30分も残っているのに、たったの9分。この数字が意味するものはただ一つだ。

藤井聡太王将(右)に永瀬拓也九段が挑んだ ©︎勝又清和

 私が「もう指したんですね……」とつぶやくと、立会人の島も深刻そうな顔でうなずいた。挑戦者・永瀬は、一体どこまで研究しているのか。(全2回の1回目/つづきを読む

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「対永瀬用ウェポン」を繰り出した藤井

 藤井聡太王将に永瀬拓矢九段が挑戦する、第75期ALSOK杯王将戦七番勝負(主催:日本将棋連盟、特別協賛:ALSOK、特別協力:毎日新聞社・スポーツニッポン新聞社)の第3局が、2月3日、4日に東京都立川市「オーベルジュ ときと」で行われた。開幕戦は永瀬が、第2局は藤井が勝って1勝1敗のタイになり、改めての五番勝負だ。

 注目された後手番での藤井の作戦は、4手目に角道を止めて雁木を含みにするものだった。過去に6局採用して6戦全勝、しかもそのうち4局が対永瀬戦。つまり、対永瀬用の「ウェポン」を第3局に投入してきたのだ。

藤井はここに来て「対永瀬用ウェポン」を投入

 とはいえ、角道を止めたからといって、陣形がすぐに雁木に決まるわけではない。ここからは互いの作戦を探り合う「後出しジャンケン」が始まる。

意表をついた「棒金」の攻め

 専門的なことを言えば、先手の有力戦法は銀を5六に腰掛ける「右四間飛車」か、銀を3七から4六に繰り出す「早繰り銀」。対して後手は、相手に相性の良い陣形を選びたい。

 藤井は永瀬の早繰り銀系を確認してから、雁木ではなく「高美濃」に組んだ。そして、なんと守りの金を前線へ繰り出したのだ。高美濃の布陣で金のオーバーラップ自体は前例があるが、飛車先を伸ばさない形では新手だ。

 私はその日、午前中の仕事を終えてから将棋連盟ライブ中継を見て驚いた。藤井の金がどんどん進出しているではないか。「棒銀」ならぬ「棒金」で、いつのまにか飛車の前の六段目まで迫っている。

 藤井の指し手は過激極まりない。永瀬玉の頭上には歩のクサビが打ち込まれ、金の重圧がかかっている。にもかかわらず、永瀬の指し手もまた止まらない。一体何が起きているのか。