わずか9分で着手した理由。それは…

 わずか9分で、馬取りに金が上がった。飛車の横利きが消え、馬を引いた手が永瀬の銀と飛車の両方に当たっている。金と歩で永瀬玉にプレッシャーがかかる難易度の高い局面で、9分とは。

 私が「もう指したんですね……」とつぶやくと、島も「まさかここまで研究済みとは。永瀬さんにキャッチされていましたか」と、畏怖のこもった口調で応じた。

 ここまでの指し手を振り返ると、藤井は前例から手順を入れ替えて変化している。20手もいかずに公式戦で前例のない将棋に入ったはずだが、それでも永瀬の守備範囲だったのだ。検討陣4人全員が「永瀬、恐るべし」という顔つきになる。

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思い出される10年ほど前の勝負

 藤井が長考に入ったところで、島に話を聞いた。

「藤井さんがまだ中学2年生で三段だった頃、武者修行で関東に来たんです。師匠の杉本(昌隆八段)さんが森下(卓九段)さんに相談して、私の自宅で、永瀬さんや、森下さんの弟子の増田(康宏八段)さんたちと研究会をしましてね。その時は関東の若手が頑張って、藤井さんに勝ち越したんですよ」

 私も杉本八段から聞いたことがある。藤井はその帰りの新幹線でも、携帯用の盤駒で杉本と反省会をしていたとか。

 島は永瀬ともその頃から研究会などで交流があった。10年ほど前、彼が初めてタイトル戦への出場を決めた際、島は「手持ちの和服が少ないでしょう」と自分の和服を譲ったのだという。「私はもうタイトル戦に出ることもないから(笑)」と。袴はオーダーメイドだった。

「私も、故・原田泰夫九段から和服をいただいたことがありました。形見分けのような形でしたね。今日、永瀬さんがその譲った羽織と袴を着ていると聞いて嬉しいです。良いものは長く着られますから」

島朗九段から譲り受けた“勝負服”

 56分の考慮ののち、予想通り藤井は一つ後ろに馬を引き、4筋の歩を突き出して反撃したところで1日目を終えた。

撮影=勝又清和

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