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若い男女の介護士による、労働と人生のリアル

ブレイディみかこが『じっと手を見る』(窪美澄 著)を読む

『じっと手を見る』(窪美澄 著)

 ポップソングというものは基本的に恋の歌が多い。しかし「あなたが好き」、「君を抱きしめたい」と反復するだけではリリックとして成立しないので、2人で行った浜辺の光景とか、喫茶店でボブ・ディランがかかっていたねとか、恋の背景を描写することになる。歌に時代性が染み出るのはその部分で、だからこそ優れたポップスは社会を反映するものになり得るわけだが、恋愛小説もこの点は同じだろう。

 本作は、富士山とショッピングモールしかない地方の街に住む介護士の男女の恋物語だが、ところどころ社会学者のエスノグラフィーを読んでいるような錯覚に陥る。

「『……親父たちはまだ夢見られたよな、ぎりぎり。俺たちには、それすら許されない。失敗したら絶対に浮き上がれない。そういうめぐりあわせで生まれてきたんだ』」

「老いて死に向かっていく人の面倒をみること。それをして、私は自分の生を持続させている」

 登場人物たちはこんな台詞をさらっと言う。それは高齢化とデフレと人口減少で日本社会はもう縮小するしかないとか、これからは撤退戦だとか言われている時代の若者たちのリアルな声に聞こえる。

 タイトルは石川啄木の有名な歌の一節だが、現代の日本のプロレタリアートの代表が介護士だろう。このプロレタリアたちは、工場で製品を作り出すでも、畑で農産物を作り出すでもなく、死に向かっていく老いた者たちの世話をするために汗水を流して労働し、じっと手を見る。

 人間の個人的経験は、社会という全体の歴史の一部でもある。そして個人的体験である恋愛も、現在おかれている社会環境の中で展開される事象である。その「個」と「全体」の両面から人間と時代を掬(すく)って書こうとした小説のようにわたしには読めた。

 つまりこれは、優れたポップソングと同じ手法で書かれた恋愛小説なのだ。

くぼみすみ/1965年東京都生まれ。2009年「ミクマリ」で女による女のためのR-18文学賞を受賞。2011年『ふがいない僕は空を見た』で山本周五郎賞受賞。2012年『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞受賞。

ブレイディみかこ/1965年福岡県生まれ。保育士、ライター、コラムニスト。英国在住。2017年『子どもたちの階級闘争』で新潮ドキュメント賞受賞。

じっと手を見る

窪 美澄(著)

幻冬舎
2018年4月5日 発売

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