第二次世界大戦を勝利に導き、戦後世界の見取り図を描いたのは、ルーズベルト、スターリン、チャーチルのビッグスリーであったことは、既に定説と化して久しい。その当たり前のことを書いた本を、今更、何故わざわざ取り上げる必要があるのか。誰しも、そう思うだろう。その答えは簡単だ。「圧倒的な」肉声、ディテールの積み重ねによって、三人の指導者の人となりが鮮やかに蘇るからだ。ここにいるのは、伝説のリーダーではない。私たちと同じく、強みも弱みも併せ持った血の通った生身の人間なのだ。しかも、三人が目の前を歩いているような錯覚さえ覚えてしまう。面白くないはずがないではないか。二巻の大作だが、あっという間に読めてしまうだろう。
物語は、三巨頭が初めて一堂に会したテヘラン会談の晩餐から始まる。スターリンがチャーチルを挑発する。ルーズベルトはスターリンの肩をもつ。ロシア熊とアメリカ・バッファローの間の小さな驢馬、「それがただひとり、帰り道を知っていたのだ」とチャーチルは書く。三巨頭は戦後の枠組みを作るのに五年を要したが、決定的な始まりは、四一年八月の大西洋憲章の調印だった。初めてルーズベルトに会うチャーチルが如何に緊張していたか、微笑ましいくらいだ。無理もない。ここで大統領の好意を得ることに大戦の帰趨がかかっていたのだから。大統領は戦後世界の枠組みに関心があり、首相は大英帝国の権益保護に執着する。スターリンを含め三人で話し合わないと埒があかないと入れ込んだ大統領はテヘランに飛ぶ。四三年一一月、やっと三巨頭会談が実現した。四四年一〇月、二度目にモスクワに飛んだチャーチルは、密かに東欧の分割案をスターリンに持ち掛ける。ルーズベルトが知れば激怒しただろうが、大統領は病身を押して四選を目指す選挙戦の最中だった。時間がないルーズベルトはクリミアに赴く。四五年二月、三巨頭が再びヤルタで見(まみ)えた。ここで戦後世界の運命が決まった。病身の大統領が、「肝心なときに鋭さを欠いていたということを示す証拠はない」。ルーズベルトはベストを尽くしたのである。四五年四月、大統領は死んだ。四五年七月のポツダム会談は、選挙に敗れたチャーチルも退場し、新顔二人がスターリンに対峙したのである。
本書が優れているのは、脇役の彫琢(ちょうたく)がまた素晴らしいことだ。英米同盟の構築者で大統領の側近、ハリー・ホプキンス。大英帝国軍参謀総長のアラン・ブルック。二人の表情や身のこなしまで想像できそうだ。そして、登場回数こそ少ないものの強烈なオーラを放つ蒋介石夫人、宋美齢。主役も脇役も揃いも揃って強烈な個性が、虚々実々の駆け引きを行うのだ。将来を予見させるド・ゴールの一徹さも印象的だ。人間好きな読者にはたまらないだろう。