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“1年生は雑務をやらない”京大アメフト部という「体育会組織」の合理性

日大アメフト部「悪質タックル」騒動で考えた

2018/06/16
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いざとなったら考えるな、ということを考えさせられる

甲子園ボウルという大舞台で敗れた佐野(写真中央)は日大への想いが一際強い 撮影:尾川清

 指導者から与えられた答えを妄信するだけでは、本当に強いチームにはなり得ない――。それはまさに、今回の日大のアンチテーゼとも言えるかもしれない。

「監督はとにかく考えるきっかけをくれる人でした。僕がよく覚えているのは4年生の時に『無念無想になれよ』と言われたことです。最初は何を言っているのかわからなくて、必死で考えたんですよ」

 佐野は水野の言葉の意味を日々、問い続けた。そうしてひとつの結論にたどり着く。

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「『絶対に勝ちたい』という想いを強く持つことは重要です。しかし、その想いが逆に力みを生んで、プレースピードを奪うこともあります。相手にやられてしまったときに『どうして?』と考え、焦りを生じさせることもある。

 でもスポーツはスピードが命なんです。そのスピードが奪われるのは考えてしまうから。いざとなったら無心で臨む必要があるんです。そう考えて、『無念無想とはこれか』とはっとひらめいた時に迷いがなくなった。そうすると今まで通せなかったパスがなぜかビシッと通せるようになってきました。

 要するに力まないで投げられるようになったんだと思いますが、それを『力むな』という指導ではなく、自分で考えさせられる。水野さんはこうして選手それぞれに高度な試行錯誤を求める方でした。いざとなったら考えるな、ということを考えさせられる……ややこしい指導法ですけどね(笑)」 

©iStock.com

 また、結果的にこれらの体験は、部活動の枠組みを越えて役立つ経験だったという。

「こうして振り返ると、この一連の作業ってよくビジネスで言われるPDCAサイクルとまったく同じです。計画を立てて、実行して、確認して、改善する。そういう意味では水野さんは30年前からすでに社会に出ても通じるような思考法を、大学の部活動を通して教えてくれていたんだと思います。これはビジネスの面でもすごく役立っています」

 おそらく各々の問いかけに対して、どういう結論に達するかは人それぞれなのだろう。だが、そこに至るまでに自分で考え、試行錯誤をすることに意味があると水野は考えていたのではないだろうか。

 佐野は言う。

「スポーツの世界にも勝つための『正解』ってやっぱり存在しないんですよね。でもその中でどうにかして勝利を求めなきゃいけない。だからこそ必死で自分の頭で考えるわけです。正しい体育会系の強みと教育的価値は、本来そういう部分にあるのではないでしょうか――」

勝利のために“考える”ことができていたか

日大アメフト部の内田正人元監督 ©文藝春秋

 今回の騒動で、日大理事を解任された内田正人元監督は、タックルをした選手に対して「力の出しきれていない者に殻を破って欲しかった」と言っていた。そのために特定の選手を“干し”たり、理不尽な根性練習や暴力行為も辞さなかったと報じられている。

 もちろん、当時の京大アメフト部にも根性練習がまったくなかったとは思わない。試合の最後の最後、勝負を分ける瞬間に精神面が大きな影響を与えることは確かにあるからだ。

 だが今回の日大と当時の京大における最大の差は、佐野が言うように選手自身が自らの思考を放棄せず、勝利のために“考える”ことができていたかどうかではないか。選手もスタッフも、内田元監督に対して誰も「明らかにおかしい」と思うことを言えない。ひょっとしたら、「おかしい」とすら思えなくなっていたのかもしれない。

 そんな思考停止の状況になってしまっていたことが、今回の問題の根幹にあるように思う。仮にどれほどチームが強くなったところで、そこには佐野の言う「教育的価値」は存在しないだろう。

 それぞれの学生、スタッフすべてが勝利という目的のために、それぞれの立場で自発的に考え、試行錯誤と努力をできる集団――それこそが、本当に「強い組織」ではないだろうか。

“1年生は雑務をやらない”京大アメフト部という「体育会組織」の合理性

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