スポニチの阪神タイガース担当記者である私が、ある日突然、「今日から東京の○○スポーツに行ってくれ!」。「お前は今年でクビだ。今までありがとう!」と言われることはあり得ない。モラルとかの問題ではなく、法律で禁じられている。そんなことが起きれば全力で抗議するだろうし、SNSで拡散して世間を巻き込めば勝てる。それは、会社側が「悪」と、誰もがみなすからだ。
一般社会では「悪」とされるこのような“人事制度”が、プロ野球界では頻繁に使われる。自ら権利を行使するFA移籍は少し違っても、それにともなう人的補償や、トレード移籍がまさにそうで、戦力外からのテスト入団、トライアウト入団も同じ部類だ。
そのような境遇に立たされた選手に対し、特別な感情を抱くのが人間である。「かわいそう」というのは本人に失礼かもしれないが、それに似た気持ちを覚えるし、ドラマ性があるから応援にも一際、熱が入る。
わずか1日で指名に至った人的補償選手
なかでも深く感情が入るのは、人的補償に選ばれた選手だ。球団が決める28人のプロテクト枠に漏れた証拠だが、他球団が「欲しい」と思ったのだから、「29番目に必要な選手」と言い換えることもできる。つまり十分、戦力なわけだ。
そんな選手がタイガースにもいる。尾仲祐哉だ。FA権を行使してDeNAに移籍した大和に代わり、人的補償に指名された。広島経済大出身、16年ドラフト6位でDeNAに入団。ルーキーイヤーで中継ぎとして11試合に登板するなど、今後の飛躍が期待されていた1人だった。
その将来性の高さは、阪神球団の動きが物語っていた。規定ではFA移籍がコミッショナー公示された日を起点に、補償選手の決定まで40日以内と定められている。しかし、阪神はわずか1日で尾仲の指名に至ったのだ。「伸びしろがあるからね。年齢も若いし、調子が良いときは150キロを越えている」。金本監督はこう評していた。当時、阪神担当記者の間でも「大和の人的補償は誰だ」という会話が頻発していたが、尾仲の名前は出なかった。DeNAは手放さないだろうと思っていたからだ。
突然の移籍を告げられ、思わぬ形で虎の一員になった尾仲は、腐ることなく、奮闘している。開幕は2軍スタートも、5月12日の広島戦で初登板。以降、中継ぎとして9試合連続自責点ゼロを記録するなど、安定感を発揮した。6月13日の日本ハム戦で4失点したのをきっかけに調子を崩して現在は2軍調整中だが、首脳陣からの期待は大きい。