昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

芸歴13年目のブレイク 三四郎・小宮と相田が語る「なんで仲いいんだろうね?」

三四郎 小宮浩信×相田周二インタビュー#1

 芸歴13年。今やバラエティ番組に引っ張りだこの注目コンビ・三四郎。売れっ子になっても仲のいい小宮浩信さん・相田周二さんに「二人でいる意味」を、わりと真面目に語ってもらいました。

三四郎・小宮さん(左)と相田さん

いつも深夜12時くらいに、ニッポン放送入り

――オールナイトニッポン0(ZERO)の生放送前にお時間をいただきまして、どうもすみません。放送は午前3時スタートですが、今23時、いつもこれくらいには入られているんですか?

相田 だいたい24時くらいですね。今日はこの取材があったので少し早めにニッポン放送に来ました。

――ですよね。お時間いただいてすみません。オールナイトニッポン0(ZERO)は4年目を迎えましたが、もともとお二人ともラジオパーソナリティに憧れはあったんですか?

小宮 僕はナインティナインさんのをよく聴いてました。でも、ラジオというツールにはあまり接点がなくて、高校の中間テストの前に勉強しながら適当に流すとかそれくらいで、聴こうと思って聴き始めたのは芸人はじめてからだと思います。

相田 実は僕もあんまりラジオは聴いてこなくて、養成所入ってからも松本(人志)さんの「放送室」を何回か聴いたくらいなんですよ。というか、ラジオを聴くための道具を持ってなかったので……。

小宮 ラジカセとかね。

 

ラジオはディープな内輪話とか出てくる「裏」って感じ

相田 そう、今だとスマホのアプリで、タイムフリーで聴けたりしますけど、学生の頃とか、芸人はじめたばっかの頃はラジカセも持ってなかったから。それで父親の車のエンジンかけさせてもらって、わざわざカーラジオで「放送室」聴いてました。自分の部屋からガレージまで降りてって、ラジオ聴くのは大掛かりな作業だったんですよ(笑)。

小宮 僕はナイナイさんの他にはビビる大木さんのオールナイトニッポンも聴いてました。でもお笑いを目指そうと思ったそもそもは、やっぱりテレビが大きかったですね。

相田 そうですね、テレビバラエティ、特にダウンタウンの『ごっつええ感じ』には影響されました。小学校の時から、そのコントのモノマネっていうか、パロディやって遊んでましたから。テレビはそういう子どもにもわかる「表」の部分を持っているけど、ラジオはもうちょっとディープな内輪話とかも出てくるので「裏」って感じだったかもしれません。