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1997年9月2日。ベイスターズが初めて天王山を迎えたあの日

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/08/19

 毎年この時期になると、モーリの声が頭に浮かんでくる。「黒田よぉ、これはもしかしたらもしかするべ? 9月2日のチケット買っておいたほうがいいべ!」。モーリは高校時代の同級生で生粋の横須賀っ子、根っからのホエールズ~ベイスターズファンだ。語尾が「べ」になるのは元SMAPの中居くんと一緒で、湘南や三浦半島あたりの方言である。口は悪いけどやたらと明るく、気持ちのいい奴だ。

 モーリとそんな話をしたのは1997年の8月。この年のベイは6月終了時で借金8だったが、7月は13勝5敗と盛り返して勝率5割に戻す。いつも夏場にズブズブ沈むチームにしては大善戦である。とはいえ首位ヤクルトとは10ゲーム差の3位。2位カープは抜けそうだったけど、それ以上の高望みはしない。なにせ14年間このチームを応援してきて最高3位である。モーリと僕は「2位になったら上出来だべ」と夜な夜なファミレスでくっちゃべっていた。向こうは大学卒業後に就職し、僕はバイト生活を送っていた。

 しかしベイの勢いは8月に入ると再加速する。まずは広島、阪神を立て続けに3タテ。ヤクルト戦は負け越すも、続く中日戦も3タテ。巨人戦を1勝1敗で乗り切ると、8月19日からはヤクルト相手に3タテ。8月はここまで14勝3敗。7月末時点のゲーム差10が、一気に3.5まで縮まった。

3.5ゲーム差に迫った翌日の日刊スポーツ紙面 ©黒田創

天王山決戦を見るため金券ショップへ

 その頃、僕らはいつものガストでスポーツ紙を広げて話しこんでいた。ここからヤクルトが何敗してベイが何勝すれば首位に立つのか。直接対決は残り何試合か、この先の先発ローテはどうか……。そんな会話をしながらも僕はどこかで「これは夢なんじゃないか?」と思っている。それは多分モーリも同じだったはずだ。高校時代、顔を合わせれば昨日のホエールズの負け方がいかにひどかったかを愚痴りあい、球団名が変わる時には「ベイスターズってなんだよ! 港の星かよ! カッコ悪すぎるべ!」とボロクソ言いまくってたんだから。まさかベイスターズにそんな日が訪れるとは2人とも信じられないのだ。

 ともあれ、9月2日からのヤクルトとの直接対決は絶対観ておきたいという話になった。まさか翌98年、あんな無茶苦茶な勝ち方で優勝するなんて想像できるわけがない。これを見逃したら一生後悔する。ヤクルトと3.5差になった次の日、僕は横浜文化体育館近くの金券屋に安いチケットを買いに行った。

 しかし店員さんによると2日のチケットはほぼ売り切れたという。「この連戦が天王山でしょ? 昨日から凄い勢いで売れてて、今残っているのはこれだけなんだよね」。そう言って指さしたのはバックネット裏のペアチケット1万円。僕はその予算オーバーのペアチケットを迷いながらも買った。後でモーリに5千円よこせと言うと「マジかよ、高けーべ!」と怒ったけど、僕らは普段、内野自由席券を800円くらいで買ってはダラダラと観戦していたのだから無理もない。でも今はそれしか残っていない異常事態なのだ。

 結局、ベイは8月を同一カード3連勝5回を含む20勝6敗で終え、9月2日を迎えた。ゲーム差は依然3.5のままだ。試合開始30分前、僕とモーリがバックネット裏のゲートを通り抜けると、そこには信じられない光景が広がっていた。レフトの一角を除いてスタンドのほぼ9割がベイファンでびっしり埋まっているのである。そんなの2018年の感覚では珍しくも何ともないが、あの頃ではまずあり得ないことだった。

 モーリは「これやべーべ、やべーべ」を連呼する。確かにこれはヤバい。弱くとも愛おしいわがベイスターズが、横浜スタジアム開場以来初めて球場全体に応援されながら天王山決戦を迎えているのだ。いつもなら何か飲み食いしながらユルユルと観るところだが、2人とも席についたままほとんど動こうとしない。緊張感もあるけど、それだけこの試合を一瞬たりとも見逃したくなかった。