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優しい投手・大瀬良大地のあの日の涙はかわいたのか

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/08/19

 近鉄北川代打満塁サヨナラ優勝決定ホームランを思い出し今でも胸を熱くしたあと、ふっと打たれた大久保投手の気持ちも考えてしまう皆様、こんにちは。

優しいと言われてしまう選手

 大瀬良大地は笑顔と泣き顔の選手だ。真反対の表情が同じ重さで存在する。

 ドラフトで1位指名をされた時の笑顔。そのあとドラフト特番でインタビューを受ける笑顔。お立ち台での笑顔。たれ目がもっとたれ目になる。カピバラ似と言われる柔らかい顔だ。彼はシーズンオフのトークショーでご家族にふれられた時も笑っていた。少しだけ困った笑顔で。

 そして、阪神藤浪投手から死球を受けうずくまるも即座に「大丈夫」とマウンドに向けて笑った顔。野球選手としては優しすぎると言われた笑顔である。球をぶつけられたのに逆にあてた藤浪投手を気遣う姿に思わず「ええ子じゃなあ」とつぶやいてしまった。藤浪投手が死球を出す制御できない自分のコントロールに苦しんでいるのは誰もが知っている、だからこそ戦う選手としてはあの対応=笑顔はよくないという意見もあった。大瀬良本人もあとで笑顔を反省したと記事で読んだが藤浪投手も睨まれるより怒鳴られるより笑って気遣われた方がきつかったかもしれない。敵に情けをかけられたのだ、戦うマウンドで。大瀬良の反省は闘志をむき出しにしなかったことではなく藤浪にそう思わせてしまったことへではないか。

 彼の優しい笑顔は長男のそれかと思う、みなを守らねば、と先頭に立つ長子だ。それがプロ野球という場に足を踏み入れた段階で新人という末っ子になった。

アンデルセンの「白鳥の王子」と2015年のカープ

 私が好きなお話にアンデルセンの「白鳥の王子」がある。11人の王子とエリザという王女の物語だ(球団というチーム)。魔女の呪いで11人の王子はみな白鳥にかえられてしまう(四半世紀優勝できない呪い)。人間に戻す方法はとげのあるイラ草でかたびらを編み、白鳥に着せること(苦しいハードル)。エリザは手を火ぶくれにしつつ実行するが(過酷な練習、実力の世界)これにはタイムリミットがある(143試合)。イラ草を黙って編むエリザの異様な姿に魔女疑惑がかかり処刑台に送られてしまうのだ(つらい戦い)。

 その執行直前で11枚かたびらを編みあげ白鳥たちに投げて王子はみな人間に戻る、が。末っ子の王子だけ片袖が間に合わず羽が残るのだ。ほら、あの2015年シーズン最終中日戦。これに負けたら4位、CSを逃す試合。タイムリミットと崖っぷちと背水の陣と盆と正月と受験日と面接日が一気に来たような日だった。その年先発としては不調でリリーフに回っていた大瀬良は0ー0でマエケンを継いで登板、打たれ、負けた。ベンチに戻り大泣きの大瀬良の顔がアップでテレビに映った。マエケンに慰められるが嗚咽する大瀬良。不思議だ、どうして大瀬良だったのか。落とせない最終戦、短期決戦の戦い方ならベンチに黒田もジョンソンもいたのに。何故普段の継投だったのか。中日はちゃんと山本昌から大野・若松と先発継投だったのに。ああ。

2015年10月7日の中日戦、9回にベンチからグラウンドを見つめる大瀬良大地

 思えば大瀬良が投げるとなぜか味方がエラーをしてしまう年だった。先発の時もリリーフの時もエラーされ点を取られてしまう。不調に加えてのエラーで負のサイクルから出られない大瀬良はそれでもミスした選手に笑顔で対応していた。なのに最終戦で泣くことになるとは。

 末っ子の王子、彼はすすんで片袖のないかたびらを選んだのではないか。