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正義の人 ベイスターズ・須田幸太の“あの日のCS”

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/10/13

 私たちは歳をとる。何もしていなくても歳をとる。どんなにあがいても歳をとる。昨日できなかったことが、今日できる日があったのに、いつか、昨日できたことが、今日できなくなる日がやってくる。そして生まれたばかりの時と同じ、何もできない自分になって死んでいく。生と死の放物線は決して交わらないように見えて、でも本当は同じところをたどっている。

 つい「あの頃はよかったね」と言ってしまうのは、人生の放物線が一番大きな弧を描くときを、大体の人は実感できぬまま過ごしてしまうから。だから私たちはこんなにも野球選手に惹かれるんだろうなと思う。

 選手は、その大きな弧の中にのみ生きている。徐々に頭上に迫ってくる曲線を感じながら、有限を突きつけられながら生きている。自分が感じる限界通りに、弧の外へ出ていく選手はごくわずかだ。ほとんどの人は「まだまだやれるのに」と思いながら思われながら、道は絶たれる。42歳の私が何もなさずにだらだらと生きているというのに、30そこそこでもう次の人生を選択しなければならない選手もいる。怠惰で何もできない自分であればあるほど、野球選手に惹かれる。そこには憧れと、同じくらいの罪悪感がある。

満塁でコールされた須田の名前

「ピッチャーの田中にかわりまして、須田。9番ピッチャー須田。背番号20」

 マツダスタジアムのコールが、その罪悪感を呼び覚ます。

「ピッチャーの田中にかわりまして、須田」

 2016年のCSファイナル、私は広島へと向かっていた。ベイスターズにとって初めてのCS。初めてのファイナルステージ。「ベイスターズがCSなんて次はもうないから行ってこい」と家族に言われ、半分反発し半分感謝しながら新幹線に乗った。ファーストステージで死力尽き果てたのか、広島の強さが圧倒的だったのか、第1戦は5−0で負け、第2戦は3−0で負けた。観に行ったのは、あとがなくなった第3戦、広島は黒田投手、ベイスターズは井納が先発。

 3位でここまでこれただけですごいと、記念だ記念と、心に保険をかけていた。でもベイスターズは諦めてはいなかった。井納の気迫は遠く空中のビジパフォ席まで伝わってきた。7回まで、無失点。エリアンがライナーでライトスタンドへとぶち込んだ時、もしかしたら、もしかするかもしれないと思った。3点のリードのまま、8回へ。短期決戦の細かい継投に入る。三上がツーアウトを取り、しかしタナケンがランナーをためた。そして満塁でその名前はコールされた。