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2年前のドラフト1位左腕 日本ハム・堀瑞輝のかわいがられる才能

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/10/30

 何かを調べる必要なんてない、高卒ドラフト1位の選手は頭の中にすらすらと出てくる。いろいろなことを思い出してその時の自分とまた重ねる。金足農業の吉田輝星投手がドラフト当日の会見でファイターズの印象を聞かれて、「1位の高校生の先輩たちがすごく活躍しているので自分も活躍したいです」と答えていた。ダルビッシュ投手、陽選手、吉川投手、中田選手、中村勝投手、大谷選手、渡邉選手、去年の清宮選手……そして1年戻って2016年の堀投手。

 日本シリーズ真っ最中。私たちファイターズファンはどうしても2年前に思いを馳せてしまいます。

堀瑞輝投手がマツダスタジアムにいた、あの日

 あの日。堀瑞輝投手はあの場所にいました。自分が生まれ育った町で、自分を指名したチームが日本一になるのを見ていました。2016年、カープに競り勝ったあの年のドラフトでファイターズは広島の高校生を1位指名していました。

 あの日。私もMazda Zoom-Zoom スタジアム広島にいました。2016年の日本シリーズも今年と同じくセ・リーグの本拠地からスタートでした。広島で2連敗したファイターズでしたが、札幌に戻ってきて3連勝、一気に日本一に王手をかけてまた広島へ戻ることになったのです。

 ラジオの特別番組編成の為に私も広島に飛びました。スタジアムについたのは試合直前。そこは私が今まで見たどの球場よりも色がTHE!敵地でした。赤い、赤い、どこ見ても赤い、壁も赤い、ファンはもちろん赤い、売ってるものもみんな赤い、座ってる椅子まで赤い。カープへの声援がものすごくて自分で話してる言葉すらよく聞こえない中、ファイターズは試合を畳みかけその日のうちに日本一を決めてしまいました。

 歓喜の瞬間は、その場にいる圧倒的多数のカープファンのため息がぶわっと全部向かってきた感じがして、最高に居心地が悪かったのを覚えています。ドラフト指名されたばかりの高校生の堀投手はため息の側にいたでしょう。でも圧倒的な試合を目の当たりにして、自分は強いチームに入るんだなと気が引き締まったと後でコメントを目にしました。

2年前、日本一を決めたマツダスタジアムにて ©斉藤こずゑ

コーチや先輩たちからかわいがられている姿

 2016年のドラフト1位、広島新庄高校から入団。あの年はドラフト翌日にチームは日本シリーズの為に広島入りしていて、監督はその足で堀投手に会いに行きました。

 1か月後の入団会見で発表された背番号は「34」。11月になって発表されたトレードでジャイアンツに移籍した吉川光夫投手から引き継いだ番号でした。吉川投手は広陵高校出身、高卒1位で同じ広島の高校からの入団、サウスポーという共通点に巡り合わせを感じました。トレードのさみしさという傷口に、会見でがっちがちに緊張している堀投手の初々しい姿が塗り薬のように効きました。

 ルーキーイヤーには、イーグルスの藤平投手(横浜高校出身)との投げ合いが全国的に注目されました。高卒ドラフト1位ルーキーの投げ合いは、1984年の近鉄・小野投手と南海の加藤投手以来33年ぶり、前の年に甲子園を沸かせたドラ1投手が投げ合うのは史上初でした。プロ初の対決は両者に白星がつかずに終わりました。

 初めてのオフ、堀投手はU-24のJAPANのメンバーに最年少で選ばれ、U-18の時とはまた別の貴重な経験をします。重要な場面でのピッチングも誇らしかったですが、コーチや先輩たちからかわいがられている姿も印象的でした。特に、勝利の瞬間、ベンチのうしろで背伸びしながら見てる堀投手を一番前にいた高校の先輩のジャイアンツ田口投手がこっちこいという仕草で呼び、なぜかそのあとマリーンズの田村捕手に羽交い絞めにされながらグラウンドを見ていたあの堀投手の姿は何度思い出しても口元が緩みます。