昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

蛭子能収71歳。「キャリア45年」なのに“大御所扱い”されないフシギ

2018/10/21

 長らく絶版となっていた蛭子能収の初期のマンガをまとめた『私はバカになりたい』が、最近、青林工藝舎より復刻された。ノンフィクション作家の立花隆は、同作および先に復刻された『地獄に堕ちた教師ども』について《これだけのメチャクチャなナンセンス漫画は日本の漫画の歴史でも珍しいものだから、ぜひ一読しておくことをおすすめする》と高く評価している(『週刊文春』2018年10月18日号)。

なぜか大御所扱いされる気配がほとんどない……

71歳の誕生日を迎えた蛭子能収さん ©文藝春秋

 きょう10月21日は、その蛭子能収の71歳の誕生日だ。年齢からいえば、また今年45年を迎えたマンガ家としてのキャリアからいっても、もはや大御所扱いされてもいいはずなのに、その気配はほとんどない。それもテレビタレントとしてのイメージからだろう。

 テレビ東京系の人気シリーズ『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』では、その道中、蛭子が自由奔放な言動で、旅の相方の太川陽介を怒らせることもしばしばだった。食事でも太川やゲストが海の幸など地元の名産品を選んでいるのに、彼だけカツ丼やカレーといった自分の好きなものを注文するのであきれさせた。

「お金のため」という行動原理

 もっとも、これには当人なりの言い分がある。ディレクターからは好きなものを注文していいと言われているから、自由に選んでいるだけであって、もし命令されれば、お金のためなので、苦手な寿司でも刺身でも何でも食べるという(蛭子能収『笑われる勇気』光文社)。この「お金のため」というのは、彼の行動原理となっている。

《金を稼ぐわけですから、嫌なことがあるのも当然。自由がないのも当たり前です。自分を表現できなくてもかまいません。それで金がもらえるんですから、まったく不満はありませんね》(『笑われる勇気』)

 仕事では自分の役割をきちんとはたしたうえで、その結果で得られたお金と自由を楽しんで使う。それは、プロのマンガ家になる以前、サラリーマンだった時代から貫いてきたことだ。ダスキンの配達と営業をしていたころは、毎日、1人でクルマを運転して客の家を200軒ぐらい回っていたが、勤務時間が8時間のところ、効率的に回れば5時間で終わらせられた。そうやってつくった時間で、好きな競艇に行っていたという(『THE21』2015年10月号)。