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さよなら“アイドル”山本彩 「君はNMB48の“金本知憲”だった」

2018/11/04

「アイドル不毛の地」と呼ばれていた大阪に、AKB48の姉妹グループとしてNMB48が誕生したのは2010年のこと。以来、8年間、グループの中心的存在だった山本彩(さやか)がきょう11月4日、難波のNMB48劇場で卒業公演を行なう。これをもってグループに別れを告げ、かねてからの夢だったソロミュージシャンとして独り立ちすることになる。

10月27日の卒業コンサートでアンコールに臨む山本彩 ©時事通信社

「3時間出ずっぱり」の鉄人

 きょうの公演に先立ち、10月27日には、万博記念公園・東の広場(大阪府吹田市)で卒業コンサート「SAYAKA SONIC ~さやか、ささやか、さよなら、さやか~」が大々的に開催された。そのタイトルどおりロックフェスを思わせる野外ライブとなり、雨女とも言われる山本だけに天気が心配されたが、当日は見事な秋晴れに。青空のもとステージに現れた彼女は、バックバンドを従えて自らもギターを弾きながら歌ったり、サプライズで登場した渡辺美優紀らNMBの同期の卒業生と久々に共演したりと、さまざまな演出で観客を沸かせた。

 このコンサートで披露されたのはアンコールを含め全36曲。山本は3時間あまり、ほぼ出ずっぱりで、阪神タイガースの前監督・金本知憲ばりの鉄人ぶりを発揮する(ちなみに彼女は大の虎党でもある)。コンサートの終わりには、グループとファンに向けて「これからの私の人生をかけて、恩返しをさせてください」との言葉を残し、ステージをあとにした。青空から黄昏、そして宵闇のなかライトを浴びながら、大舞台を駆け抜けた彼女の姿は、本当にかっこよかった。

「この8年はNMB48にすべてを捧げて生きてきました」と語った ©getty

「私がアイドル? ないわ~」

 山本彩は1993年、大阪府に生まれた。小さいころより、保育園の送り迎えの車のなかで流れる洋楽を聴きながら育ったという。小学2年のとき、音楽スクールに入り、ダンスや歌、ギターに夢中になった。中学時代にはガールズロックバンドとしてメジャーデビューを果たすも、順調にはいかず、高校1年のときに解散する。一時は落ち込んだ彼女が、NMBの1期生オーディションを受けたのは高校2年のときだった。きっかけは母親の勧めだったが、当初は「私がアイドル? ないわ~」とさほど乗り気ではなかったらしい(※1)。しかし、オーディションを前に、初めてAKB48の曲を聴いたところ、型にはまらない楽曲がたくさんあって驚いたという(※2)。

 オーディションに合格し、2010年10月に1期生としてお披露目、翌年元日より劇場公演をスタートし、山本はキャプテンに就任する。NMBとしてのデビューシングルは11年7月リリースの「絶滅黒髪少女」だが、彼女はこれより2ヵ月前に、渡辺美優紀とともにAKBのシングル「Everyday、カチューシャ」で初選抜入りしている。