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ライオンズに電撃入団の内海哲也に、秋山翔吾が聞きたかったこと

文春野球コラム ウィンターリーグ2018

2018/12/28

 人生、何が起こるかわからない。なんと、15年にわたる生粋のG戦士・内海哲也投手が、西武ライオンズにやってきた。フリーエージェント(FA)権を行使し、巨人に移籍した炭谷銀仁朗捕手の人的補償制度による突然人事である。

「正直、びっくりしました。15年ジャイアンツでやらせてもらったので、(巨人の)球団事務所に行った時は、すごく込み上げてくるものがあった」と、本人も驚きと寂しさを隠さなかった。だが、21日に行われた入団会見の席では、「環境が変わるのはチャンス。あと何年できるかわからないですが、もうひと花、強いライオンズの一員となって、活躍したいなと素直に思いました」と、早々に気持ちを切り替え、明るく前向きに話した。

炭谷銀仁朗の人的補償として西武に入団した内海哲也

面識ない内海に電話で連絡した秋山

 移籍が決まった日、内海投手の携帯には新しい連絡先が急激に増えた。ライオンズの代名詞的存在となっている生え抜き・栗山巧選手、中村剛也選手や、選手会長の増田達至投手、副会長の武隈祥太投手の番号を教えてもらい、自ら電話連絡。新しい環境に身を投じる立場として、律儀に礼儀を尽くした。また、逆に、面識はないにもかかわらず、連絡をもらった選手もいた。秋山翔吾選手だった。

「片岡(治大)さん(巨人二軍内野守備走塁コーチ)から、『内海哲也をお願いします』と言われたので、『僕が連絡してもいいんですかね?』と聞いたら、番号を教えてくれたんです。せっかく、片岡さんからタイミングをいただいたので、それだったらと、かけさせていただきました」と、秋山選手は経緯の詳細を説明する。

 その秋山選手も、内海投手の電撃加入を大歓迎だ。プロ15年という長いプロキャリア、通算133勝、1969イニングス登板、2年連続の最多勝(2011年、12年)など、巨人のエースとしての輝かしい実績に、投手・野手の垣根を越えて心底リスペクトする。また、自身も常々練習を大事にしてきているが、周囲から伝え聞く内海投手の練習量、野球に取り組む姿勢の真摯さには興味津々だ。「僕も含め、チーム全員にとって何よりのお手本になると思う。聞きたいことは山ほどある。いろいろ勉強したい」。持ち前の向上心はますます掻き立てられている。

内海の電撃加入を大歓迎している秋山翔吾 ©文藝春秋

 中でも、最も学びたいと考えているのが、“勝者のメンタリティー”だという。プロ入りから8年、常に100試合以上出場し、ここ4年は全試合フルイニング出場中。主軸としてチームを牽引し続け、ついに今季、初めてリーグ優勝を手にしたが、クライマックスシリーズで敗退し、日本シリーズ進出は果たすことができなかった。一方、内海投手は、エースとして、また、チームリーダーとして6度のリーグ制覇、2度の日本一に導いてきた、いわば勝ち方を知っている選手と言っても過言ではない。ましてやそれが、“巨人”という、良くも悪くも日本中から注目され、常に勝利が求められる特別な球団である。

「そもそも、背負ってきたものが違う。『巨人』という、いわば日の当たるチームで、さらにエース。プレッシャーも半端ではなかったと思いますし、その中で結果を出すための心構えや、その前の準備だったりを直接見たり聞いたりできることは、いろいろな良い影響があると思います。きっと、目つきなどにも現れると思うんですよね」