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新浪 剛史
2017/02/17

新浪剛史「自分を鍛えてくれる会社に入りなさい」

会社で生き抜くためにすべきこと――新浪流サバイバルビジネス術 #4

 三菱商事から43歳でローソン社長に転じ、2014年にはサントリーホールディングス社長に就任した新浪剛史氏。傍目には順風満帆な社会人人生に思えるが、三菱商事就職時の配属先は、このままでは存続自体が危うい部署だったし、ハーバード大学ビジネススクールではどんなに努力してもまったく敵わない相手がいることを知った。しかも帰国したら、三菱商事では引き取り手が誰もいなかった。しかし、そうした環境で新浪氏が学んだこととはなにか。すべてのビジネスパーソンに贈る、新浪流サバイバルビジネス術。

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 2002年、ローソン社長に就任しました。当時、43歳の担当部長がコンビニ業界2位の上場企業のトップになることは前代未聞でした。ローソン株売却で負債を削減したかったダイエーと、食品という川下に拠点を築きたい三菱商事の利害が一致し、筆頭株主の責任者として送り込まれたのです。

経済・財政一体改革推進委員会の委員も務める

 私は当初反対しました。ローソンの経営状態は芳しくなく、またローソンの社風を変えるのは非常に難しいと考えていたからです。すべては三菱商事トップの決断でした。

 商事がローソン株を取得してからも、株価はどんどん下がっていました。ローソンからは、すぐに来てほしいと言われるくらい状況は切羽詰まっていました。結局、商事での引き継ぎがほとんどできないまま、ローソンに入社することになりました。
商事からローソン社長になるに当たっては、出向ではなく転籍を選びました。むろん出向でも問題ありません。転籍にしたのは、本当に成功させるには、中に入るしかないと思ったからです。業績を回復させるには時間がかかる。しかし、実際に入社したら、実態は思ったよりもっと悪かった。手を付けられない。これは参ったと思いました。

悩んだら、基本に立ち返る

 またしても大変なところに来てしまった。でも、選んだのだから仕方がない。

 でも、将来のことなんてあまり考えなかった。若かったと思います。要はローソンの抱えている問題を解決するために没頭したのです。心の余裕もありません。自分のことを考えるよりも、会社をどうすればいいのか、毎日のように悩んでいました。

 フランチャイズビジネスについても、詳しくありませんでした。フランチャイズは加盟店のモチベーションが一度下がってしまえば、復活させるのは本当に難しい。結果的に業績を回復させることができたのは、加盟店のオーナーの皆さんからの応援があったからです。

 最初はソデックスのときと同じような失敗をしました。頭でっかちで丸の内から来ているからか、自分が話す内容を社員が理解してくれないのです。3カ月くらいは悩んで、悩んで格闘しました。こちらの言ったことが実行できないと、発狂するくらい怒鳴りつけたこともあります。社員にとって怖かった存在だったと思います。

 しかし、重要なのはIQではなくEQ(心の知能指数)です。社内のマインドを変えようと思いました。そのためには、ヒット商品をつくらないと社員のモチベーションは上がりません。加盟店も必要としているのはヒット商品です。そこでソデックスのときと同様に基本を徹底させたのです。コンビニの基本は食品であり白米。そこで、おにぎりに力を入れたのです。そこからヒット商品が生まれ、業績は回復の兆しを見せていきました。

自分の役割にフォーカスする

 その後、2014年に55歳でサントリーホールディングス社長に就任します。サントリーの佐治信忠会長とは、私がローソン社長になったとき、歓迎会を催してくれたのが最初の出会いです。そのとき佐治さんは、すごくダイナミックな人でありながら、非常にキメ細やかな応対をしてくれる。

 佐治さんは人間的にとても魅力的な方だと感じました。そこで歓迎会の返礼をするため、「お時間をください」と連絡したのです。むろん同じようなキメ細かい応対はできませんでしたが。

 その後、歳月を経て佐治さんからサントリー社長就任への打診をいただくのですが、「大変ありがたいが、今受けるわけにはいかない」と考えていました。確かにローソンの業績は改善していましたが、後継者もいないし、企業価値の向上も、まだまだでした。

 それでもサントリー社長に就任したのは、佐治さんの粘り強さとコミットメントがあったからです。佐治さんはあきらめられなかった。むろんローソン時代から現場でサントリー社員の方々に触れる中で、パワーのある面白い会社だと感じたことも理由の一つです。

 サントリーでは、自分自身の一番強みを出せるところでやっていこう。そう思いました。それには会社の一番重要なところだけをしっかりやろう。もちろんグループ全体の舵取りは佐治会長と私の二人三脚でやりますが、サントリーは国内ではすでに基盤があります。最大の課題は14年に1兆6000億円で買収した米蒸留酒大手ビームの経営を軌道に載せることです。そうしなければサントリーの将来はない。そのために、私はビームとのインテグレーション(統合作業)にフォーカスすることにしたのです。

自分の市場価値とは何か

 むろん私がサントリーに溶け込むことも重要なのですが、会社の抱えている課題を解決するほうがもっと重要です。その点、サントリーは社員に任せることができる会社です。自分はまずは海外部門をしっかりやって、あとは任せればいいのです。

 それでも商社、小売りとは違う製造業です。新しいカルチャーの中に入って、自分がこうあるべきだというよりも、いろんな人と会って、話を聞きました。サントリーで面白いと思ったのは、やってみなはれという創業精神がまだ脈々と生きていることです。そうしたものを、ビームをはじめとする海外のグループ企業全体に浸透させていきたい。創業精神は空気みたいなものですが、私は外部から来て、サントリーの空気が本当にうらやましいと思いました。

 私は異なる因子です。だからこそ、お互い異なるもの同士がアウフヘーベン(止揚)していく。その中で、自分自身を差別化して、独自の価値を生み出す。ほかの社員や役員の皆さんができないことをやり遂げる。自分の市場価値とは何かを常に問うています。

 私が若いビジネスパーソンの皆さんに言いたいことは、会社を選ぶときは、自分を鍛えてくれる会社に入りなさいということです。ただ、意味のない“うさぎ跳び”ではいけない。そのような会社はネットで調べればすぐにわかるはずです。

 良いトレーニングや教育をしてくれる組織であるかどうか。そこが大事です。大企業でも、見分けるのはとても難しい。若いうちから仕事をさせてもらえても、仕事の基本ができない人があまりにも多いように見えます。

プロトコールを身に付けよう

 かつて私のところに仕事がしたいと、ある若いベンチャー経営者が来訪したことがあります。しかし、彼の話よりも、そのだらしない服装が気になりました。もし何か一緒に仕事がしたければ、まずは相手の心の窓を開かせることが先決であるはずです。

プロトコールが大切  ©榎本麻美/文藝春秋

 もちろんどんな服装でも構いません。しかし、自分が信頼に足る人物であることを示したいなら、礼儀正しさやしっかりした服装をしてくるべきなのです。つまり、基本ができているかどうかが重要なのです。服装を見れば、こちらのことをどれだけ考えているかがわかります。いろんなところで鍛えられた人はすぐにわかるし、こちらも信用しやすい。

 何事にもディシプリン(規律)があります。しかし、自分からディシプリンを身に付けるのはなかなか難しい。それが組織に入れば、身に付けられるのです。大企業だけでなく、中小企業の中にも素晴らしい人はたくさんいます。会社に大事に育てる余裕はなくても、仕事から実践的に学べるところはたくさんあります。

 楽天を創業した三木谷浩史さんは、会うと、魅力的であり、粘り強かった。彼が事業を始めたときに投資したいと思った人はたくさんいたと思います。粘り強さと明るさ。そして、きちんとしたマナーも学んでいる。だから、自然と心の中に入ってくるのです。

 彼を見ていて、「これは成功するな」と感じていました。とくに若いビジネスパーソンが成功しようと思えば、こうした要素は必要です。教えてもらったり、支援をしてもらったりするには、それ相応の社会のプロトコールが必要なのです。

聞き手:國貞 文隆(ジャーナリスト)

新浪 剛史 サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長


1959年横浜市生まれ。81年三菱商事入社。91年ハーバード大学経営大学院修了(MBA取得)。95年ソデックスコーポレーション(現LEOC)代表取締役。2000年ローソンプロジェクト統括室長兼外食事業室長。02年ローソン代表取締役社長。14年よりサントリーホールディングス株式会社代表取締役社長。

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