昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

尾崎世界観
2015/08/13

あの苦みを少しは好きになれたのかも

『キャベツ炒めに捧ぐ』 (井上荒野 著)

genre : エンタメ, 読書

忙しくても1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。
今日は尾崎世界観さん。

◆ ◆ ◆

キャベツ炒めに捧ぐ (ハルキ文庫 い 19-1)

井上 荒野(著)

角川春樹事務所
2014年8月9日 発売

購入する

 子供の頃からずっと野菜が嫌いだ。父、勝が一緒の休日の食卓には必ず野菜が出てきた。母、由美子は平日、勝が居ない時は野菜を抜いてくれるのに。

 絶望的な気持ちで、口の中にいつまでも残る苦い物をガムの様に噛み続けながら、目に涙を浮かべていた尾崎少年。

 給食の時間には、いつの間にか職人芸の様な箸捌きで、キャベツ、白菜、人参、ピーマン、モヤシ等を取り除ける様になった。

 思えば、あの頃は食べるという事に関して執着が無かった。

 いつまでも無くならない皿の中身を睨みつけながら、せめてその中で食べられる物を探していた。

 結局、最後に皿の中に残る食べ物を見るのが怖くて仕方がなかった。

 三十歳を過ぎてから、思い出したように健康に気を使い始めて、今更野菜ジュースを飲んだりしている自分に嫌気がさす。

 冷めて硬くなって、美味しい物からどんどん遠ざかっていくそれを、ただ見つめていたあの頃から何も変わってないじゃないか。

 誰かが皿を下げてくれるのを、ジッと待っていただけのあの頃と何も変わってないじゃないか。

 大人になったら、好きな物を好きな時に好きなだけ食べられるようになったけれど、時々、知らない場所で迷子になった様で心細くなる事がある。

 この物語を読んで、こんな風にして食べ物を作る人の事を知っていたら、野菜を食べられる様になっていたかもしれない。

 もしかしたら、あの苦みを少しは好きになれたのかもしれないな。

 

 八月十日、野菜ジュースを飲みながら。

 

尾崎世界観(おざきせかいかん)

クリープハイプのフロントマン(vo、g)&ソング・ライター。2012年4月にアルバム『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』でメジャー・デビュー。前作『愛の点滅』より約5ヶ月ぶりとなるニューシングルを9月30日にリリースすることを決定。クリープハイプがキュレーターを務める「TOWERRECORDS presents Bowline 2015」を9月27日幕張メッセ国際展示場9-11ホールにて開催。

HP http://www.creephyp.com