忙しくても1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。
今日は尾崎世界観さん。
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子供の頃からずっと野菜が嫌いだ。父、勝が一緒の休日の食卓には必ず野菜が出てきた。母、由美子は平日、勝が居ない時は野菜を抜いてくれるのに。
絶望的な気持ちで、口の中にいつまでも残る苦い物をガムの様に噛み続けながら、目に涙を浮かべていた尾崎少年。
給食の時間には、いつの間にか職人芸の様な箸捌きで、キャベツ、白菜、人参、ピーマン、モヤシ等を取り除ける様になった。
思えば、あの頃は食べるという事に関して執着が無かった。
いつまでも無くならない皿の中身を睨みつけながら、せめてその中で食べられる物を探していた。
結局、最後に皿の中に残る食べ物を見るのが怖くて仕方がなかった。
三十歳を過ぎてから、思い出したように健康に気を使い始めて、今更野菜ジュースを飲んだりしている自分に嫌気がさす。
冷めて硬くなって、美味しい物からどんどん遠ざかっていくそれを、ただ見つめていたあの頃から何も変わってないじゃないか。
誰かが皿を下げてくれるのを、ジッと待っていただけのあの頃と何も変わってないじゃないか。
大人になったら、好きな物を好きな時に好きなだけ食べられるようになったけれど、時々、知らない場所で迷子になった様で心細くなる事がある。
この物語を読んで、こんな風にして食べ物を作る人の事を知っていたら、野菜を食べられる様になっていたかもしれない。
もしかしたら、あの苦みを少しは好きになれたのかもしれないな。
八月十日、野菜ジュースを飲みながら。