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「小指の靭帯がなくても野球はできる」――竜の主将、高橋周平の強い気持ちが奇跡を起こす

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/09/14
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心のクラウン賞をさしあげたい

「チームが勝つことが一番なんで」
「試合に勝つことだけを考えて」
「ホントにチームが勝ってくれれば何でもいいです」

 お立ち台で、インタビューで、周平はひたすらチームの勝利について語り続けた。9回裏に5点差を逆転されて悪夢のサヨナラ負けをくらったロッテ戦の翌日は「切り替えていくよ~!」と大声を出して明るい雰囲気をつくりだした。周平は「竜の未来」どころか、明らかに「竜の現在」を担っている。

「キャプテンになって変わったのかな。自分の成績が悪くても下を向かなくなった。できることをやろうっていう気持ちが伝わる」

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 これは周平の母・玉寄さんの言葉。言葉は少なくても、背中で引っ張る周平キャプテンの姿に、若返りつつあるチームは大いに勇気づけられていた。

 しかし、大きな試練がやってくる。7月16日の阪神戦で、一塁に戻った際に右手小指靭帯断裂という大ケガをしてしまったのだ。「小指の骨折なら出られる」と次の試合も出場する気でいたが、結局、痛みが引かずに登録抹消。最短での復帰は8月下旬と見られていた。まさに最悪の事態だ。その後、周平を欠いたチームは、またたく間に8連敗。あれだけチームの勝利を願った男は、どんな気持ちでこの連敗を眺めていたのだろう。 

 周平は手術せず、保存療法でできるだけ早い復活を目指すことにした。ただし、保存療法で靭帯が戻るわけではない。

「小指の靱帯がなくても野球はできる」

 後遺症も覚悟で選んだ道だった。8月15日にはアルモンテが今季絶望の負傷、同じ日に平田良介も負傷した(後に戦線離脱)。チームの成績も後がないところまで追い詰められている。もはや猶予はない。8月16日、周平は1カ月ぶりに一軍復帰を果たす。ファンの大歓声が周平を包んだ。

「やるしかない。チームの勝利に貢献したい」

 それほどまでに強い気持ちで一軍復帰したが、けっして本調子ではない。9月13日までの成績は79打数20安打、打率2割5分3厘。ヒットが出ていないわけではないが、打点が3と極端に少ない。バットは中指、薬指、小指の三本の指で握るが、そのうちの小指が曲がりきらないので、ギュッと握ることができないのだという。それでもやるしかない、というのが周平の答えだ。

 僕たちは現在進行形で、ものすごいドラマを見ている。才能の塊と言われて、大器の片鱗を見せていたけど、どこか頼りなくて、いたずらっぽいんだけどナイーブな少年のようだった選手が、さんざん迷走しながらも責任を負い、自覚が芽生え、才能を大きく花開かせたが、また奈落に突き落とされ、そこから必死になって這い上がろうとしているのだ。

 ケガを押してプレーすることを美談にしたいんじゃない。だけど、こんなの、応援するしかないじゃないか。筆者の「心のクラウン賞」は周平にあげることに決まっている。

 ドラゴンズの残り試合は今日(14日)を含めて12試合。CS進出が限りなく厳しいのは誰だってわかる。だけど、周平はまだ諦めていないはずだ。崖っぷちに、それこそ小指一本でも引っかかっているのなら、チームの勝利目指して戦うだろう。高橋周平は、きっとそう考えている。

 ならば、ファンもそれを後押しするしかない。周平が、ドラゴンズが奇跡を起こすことを信じて。

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