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『おっさんずラブ』続編批判からあいトレ凸電まで 高度「神対応」社会が広がる日本

速水健朗×おぐらりゅうじ すべてのニュースは賞味期限切れである

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あいちトリエンナーレの「表現の不自由展」は開催3日で中止

おぐら 電凸で中止といえば、あいちトリエンナーレの「表現の不自由展」が、開催3日で展示の公開を中止しました。展示に対してクレームはもちろん、テロ予告や脅迫まで相次ぎ、それに対応する事務局の負担が大きすぎて、「安全上の理由」で継続が困難になったと。

速水 少数のテロ予告が問題だったというのはもちろんだけど、大量のテンプレ化した電凸が障害になったということだよね。

 

おぐら 9月26日には、愛知県が公式ホームページで「あいちトリエンナーレ2019に寄せられたご意見等」と題して、実際にかかってきたクレーム電話の音声を公開されました(現在は削除されています)。一通り聞きましたけど、「ご意見じゃないのこれは忠告」「税金返せバカ野郎!」「あんた日本人?」「へ〜差別主義者なんだ」とか、本当にきついです。

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速水 ちなみに、テンプレの電凸をした人たちは、ただ単に意見を申し立てているのではなく、最大限に効力を発揮する異議申し立てのやり方を、ネットで共有・拡散して、確実に影響力を持つための手段を行使している。

おぐら 個人というより、組織的な動きだったと?

速水 そこが問題。個別の人たちがやったという意味では、集団や組織ではない。だけど、ネットにやり方が書いてあるから、手段が共有されてる。そのやり方も、事務局にかけるだけでなく、同じ県にある別の美術館にかけたり、協賛している企業や機材提供会社にまで、日常の営業が困難になるレベルで電話がかかってきたって。

おぐら 事前にある程度は想定していたでしょうけど、そこまでいくと対応は難しいですね。

速水 というか、そのコストまで事前に計算しておけと言うのはおかしな話だよ。電凸の場合、ノウハウはネットにタダで落ちてるし、やる人たちはみんなボランティアなんだからコストはほぼゼロ。反対に、それを受けて対処する運営、事務局の側は、そのための人員も時間も割かれるわけで、コストはどんどんかかる。今後あらゆるものがそれで動かなくなる可能性がある。

「神対応」至上主義にみる“ファンが一番の敵となる瞬間”

おぐら あいちトリエンナーレの件はあまりに極端ですが、ある時期から「神対応」という言葉が市民権を得て、あらゆる場面で求められる対応のハードルが上がったように思います。お店にしても、アイドルやタレントにしても、サービスや企業にしても。それこそ「おもてなし」もそうですけど。

「神対応」の元祖ともいえるAKB48の握手会 ©文藝春秋

速水 アンチは、裏返しの支持者だっていうのと同様、ファンがひっくり返ると、一番の敵になるっていう理論もある。ジョージ・ルーカスは、世界一熱いファンの多い『スター・ウォーズ』の生みの親なわけだけど、続編でジャー・ジャー・ビンクスっていうキャラを出して、ファンの総スカンを食った。『ピープルVSジョージ・ルーカス』(2010)っていうドキュメンタリー映画は、いかにファンダムが恐ろしいかっていうのがテーマ。

おぐら つい最近も、田中圭が主演で熱狂的なファンを生み出した『おっさんずラブ』が、キャストや設定を一新した続編を発表し、原理主義的なファンたちから大バッシングを受けていますね。

 

速水 新キャラが気に入らないって?

おぐら 1作目のカップリングを愛していたファンたちにとっては、相手役が変わるのに『おっさんずラブ』というタイトルのまま新シリーズが作られることが許せないと。

速水 「許せない」ってのは、ファンダムを語るうえでのキーワード。

おぐら 前作から引き継いだ公式Twitterには、「せめてアカウントを変えてください」「大事なものが踏みにじられました」「こんなの誰が喜ぶと思ってるんですか」「最低」「不誠実」「天国から地獄」「さようなら」といった批判のリプライが殺到しています。

 

速水 言葉遣いこそ丁寧だけど、あいちトリエンナーレ事務局にかかってきた電話の「ご意見じゃないのこれは忠告」と求めていることは同じだよね。

おぐら だから「神対応」にしても、推しとか応援っていうのも、いい面もあるけれど、不穏な面もあるなって。

速水 ひどいクレームも「いや、これは純粋な応援の気持ちです」みたいな感じで絡め取られていくし。

おぐら タレントの場合、好感度と言い換えてもいいですが、ファンへの対応の素晴らしさが評判になって極まっていくほど、ギャラや人気は上がっていく一方で、同時にリスクも高まっていきますよね。不倫騒動の前後でベッキーの評価が一変したように。

速水 神格化したほうが、叩いたときの手応えが大きいということか。

おぐら さっき話に出た“渋子スマイル”にしても、プレーに対する評価よりも、ギャラリーやファン対応の良さがうけているところがあるじゃないですか。そもそも“スマイル”って、プレー関係ないですし。

速水 そしてメディアやファンは、どんどんそれを要求するようになる。アスリートに競技の内容以上のプレッシャーを与えるのは、マイナスでしかない。渋子は笑わないでいいって、むしろみんなで言うべきかも。

おぐら これだけ推しや応援が盛んな時代なのに、そういった視点はまだ薄いですね。