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プロパガンダに利用されやすいアートでもある――津田大介が「平和の少女像」を美術館に展示したかった理由

津田大介インタビュー #2

2019/11/07
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文化や芸術に政治を「持ち込んだ」のは一体誰なのか

――政治と文化芸術の関係について、他に気になる点はありますか。

津田 現政権は、支持が盤石になったここ数年、芸術や学術、メディアに対して介入する欲望を隠そうとしていません。安倍首相お気に入りの杉田水脈衆院議員は、昨年2月26日の衆院予算委員会分科会で「研究者たちが韓国の人たちと手を組んでやっている」と問題視する質疑を行い、アカデミズムへの露骨な介入として批判されました。実際にツイッター上では「不正使用」「無駄遣い」「反日研究」といった言葉で学者へのバッシングが巻き起こりました。「公金を使うな」という点で、ほとんど今回の不自由展と同じ構図です。文化庁が不交付を決めた今、芸術だけでなく、政権に批判的な研究には科研費が出ないのでは……と不安に思われている研究者も多いでしょう。芸術へのバッシングという意味ではわかりやすい例もあります。昨年5月にカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した「万引き家族」が、政権批判的な内容であるのに助成金をもらっていたという理由で、是枝裕和監督に対して行われていました。こちらも「公金」の使い道が話題になっている。

 

 マンガやアニメに介入する国会議員もいます。2013年8月に松江市教育委員会が市立小中学校において「はだしのゲン」の閲覧制限を求めたことが発覚し批判を受けた件で、当時の下村博文文科相は「子供の発達段階に応じた配慮は必要で、法的にも問題はない」と“検閲”へのお墨付きを与えています。2015年12月には自民党の赤池誠章参院議員が自身のブログで、文部科学省がタイアップした映画「ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年」のポスターに苦言を呈したことが話題になりました。曰く、ポスターに書かれた「友達に国境はな~い!」というメッセージに対して「国際社会とは国家間の国益を巡る戦いの場であり、地球市民、世界市民のコスモポリタンでは通用しない」「日本という国家はなくなってしまいます」と誇らしげに持論を開陳。「文科省の担当課には、猛省を促しました」と圧力をかけたことも報告しています。

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――メディアについてはどうでしょう。

津田 メディアに対しても最近は統制する気満々ですよね。2016年2月8日の国会質疑で当時の高市早苗総務相が「放送事業者が極端なことをして、行政指導をしても全く改善されずに公共の電波を使って繰り返される場合に、全くそれに対して何も対応しないということは約束するわけにはいかない」と答弁し、一つの番組だけでも政治的公平性を欠いたと判断する可能性とともに、放送法4条違反を理由に電波法76条に基づき停波を命じる可能性について言及しました。しかし、それまで放送法4条は長年強制力を持たない倫理規定と解釈されてきたという歴史があります。放送内容に制約が加わってしまうため、憲法21条の表現の自由とバッティングするからです。この規定を違憲としないため倫理規定であると長年解釈されてきたというわけです。これが突如として変わってしまった。

 テレビへの介入という意味では、NHKへの介入も露骨でしたね。現政権になってから政権の強い意向で人事が決まった籾井勝人前NHK会長は2014年1月の就任会見で「政府が右というものを左と言うわけにはいかない」と発言し、物議を醸しました。籾井体制以降、報道内容が露骨に変わったことはメディア業界では広く知られている話です。

 経営委員をやっていたという点でNHKとも関連する話ですが、作家の百田尚樹さんは2015年6月、安倍首相に近い自民党の若手議員による勉強会「文化芸術懇話会」に講師として登壇した際に琉球新報、沖縄タイムスという政権に批判的な沖縄の地元2紙について「沖縄の二つの新聞社は絶対つぶさなあかん」などと発言し、問題視されました。時の首相の友人が新聞をつぶさないといけないと発言するわけですからインパクトも大きかった。「絶対つぶさなあかん」という発言は、表現の自由の範囲内かもしれませんが、問題はその発言の背景に権力性が伴うことにある。
 

 

――ここまで広げると、「それが今回の騒動とどう関係するんだ」との反応もありそうです。

津田 あいちトリエンナーレの騒動は新聞社にとっても対岸の火事ではありません。経営難という足もとを見られて軽減税率の対象に入れてもらったわけですから、現在の新聞には間接的に「公金」が使われているとも言える。「公金が使われているのに政府に批判的な報道を行うなんて!」と言われる日も近いかもしれませんね。そういえば、官房長官の記者会見で東京新聞の特定記者による質問が長いとして、メディア各社に「円滑な進行に協力を求める」閣議決定をしたことにも驚きました。一つひとつは小さな出来事かもしれませんが、こうしたことの積み重ねが今の状況を招いているのではないでしょうか。

 文化や芸術に政治を「持ち込んだ」のは一体誰なのか。日本でここ数年起きている文化や芸術の現場と政府の緊張関係に触れることなく、あいちトリエンナーレ「だけ」を批判している人たちはフェアではないと思います。

「あいちトリエンナーレ2019」メイン会場のひとつ、愛知芸術文化センター。 ©辻田真佐憲