「前作『ファッションフード、あります。』で、いろいろなジャンルの食べ物を流行食という切り口で俯瞰したのですが、牛乳を巡る毀誉褒貶が一番気になったんです。幕末の医師・松本良順によって牛乳の効能は広く知られるようになるのですが、明治期に否定論が山のように出てくる(笑)。食に関する言説はなぜこんなにも非科学的で感情的になるんだろう? というのが新著の出発点です」
『暮しの設計』などの編集長を経て、近年は近現代の流行食の研究・執筆に勤しむ畑中三応子さん。新著『カリスマフード』は、肉・乳・米の3つをめぐる日本人の感覚がいかにダイナミックに変遷してきたかを捉えた興奮の1冊だ。
「日本人にとって、天皇ブランドと福沢諭吉ブランドは絶大な威力があるんですね。明治天皇が牛肉を食べたことが新聞で報じられて、もともとは忌避されていた牛肉食の大ブームが起きていますし、福沢諭吉が牛乳を“不老長寿の妙薬”として礼讃したことで、いわば日本初のスーパーフードが誕生した。じつは日本の近代酪農は、失業した多くの武士たちが牛乳屋に挑戦した都市型酪農から始まっています。それを後押ししたのが福沢諭吉のような言説だった」
その一方で、大正期には牛乳を赤ん坊が飲むと脳膜炎になりやすいといった言説がまことしやかに語られたり、平成では大ベストセラー『病気にならない生き方』で牛乳有害説が世間に蔓延したりしている。
「私はある食が体にいいか悪いかをジャッジする立場にはないので、否定論も楽しんでいます。調べれば調べるほど面白くって。日本の歴史学の中でも食文化史は傍系で、きちんと研究され始めるのも80年代以降です。正史としてまとまったものがあるわけではないので、ひたすら当時の雑誌、風俗資料を調べました」
かつてパンクロック少女だった畑中さんは20歳で単身ニューヨークへ。ジャズ好きになって3年後に帰国し、フランス料理のムック『シェフ・シリーズ』に参加。以来、編集・ライターの道を歩んできた。
「若いときに外国に出ていたことで日本の食文化を相対的に見る目が養えた。どうして日本人はこんなにもフランス料理を礼讃するんだろうって(笑)。『シェフ・シリーズ』休刊後、友人の文芸評論家がたまたま私の書いた日本の流行食のメモを見て、絶対本にすべきだと勧めてくれたのが、著作活動のきっかけですね」
流行風俗として大衆を沸かせた明治のファッションフード第1号は牛肉と牛鍋。「開化の霊薬」にしてどんな病気もたちどころに治ると流行したいきさつとは? 毀誉褒貶の激しい波にさらされてきた牛乳から、ダイエットとお米の意外な関連性まで、日本人の健康信仰と変身願望が垣間見えるスリリングな食文化史。