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真魚 八重子
2017/03/10

アカデミー賞の割を食った『光をくれた人』はクリネックスの株価を上げるか?

大波乱の作品賞『ムーンライト』の余波がこんなところに

 2017年アカデミー賞が発表になりました。いやー、今年は見所が多かったです。

 まず史上最多ノミネートタイで話題だった『ラ・ラ・ランド』が、そこそこの受賞で終わったこと。いま現在も傑作か否か、非常に感想が割れています。この『ラ・ラ・ランド』によって、弱冠32歳という、史上最年少で監督賞を受賞したデイミアン・チャゼル。前作の『セッション』もそうですが、彼の作品は感情的な批評を招くのが特徴的です。

史上最年少で監督賞を受賞した32歳のデイミアン・チャゼル ©getty 

 たとえば『セッション』はまず、音楽の鬼教師と教え子の、厳しい音楽道を描いた良い話かもと観客に思わせます。しかし実際には、パワハラ加害者が、自分のステージを台無しにしてまで、パワハラの証言をした人物へ復讐しようとする呪詛の映画とも言えると思うんですよね。でも呪詛を受ける側も、音楽のために私生活を全部犠牲にしている、相当な代物なので、狂人VS狂人の様相を帯び始め、最後は狂気の中で互いに高揚感に至るという、妙な映画なのです。

 わたしはその「常識のない人同士のバトル」という点が面白かったのですが、「音楽家にはありえない」「そういう話じゃない」という賛否両論を招くのは、当然だと思います。でも、解答が一つではない映画や、今回のようにスタイルが異なる映画を立て続けに撮れたのは、まだ手の内に、語ることや表現方法が多くある余地を感じるので、やはり楽しみな監督です。

プレゼンターで受賞作がわかる場合もある

 それと、近年のアカデミー賞は一作に受賞が集中することなく、散らす傾向があります。今回は『ラ・ラ・ランド』『マンチェスター・バイ・ザ・シー』『ムーンライト』『ハクソー・リッジ』が、受賞を分け合った感がありました。

 脚本賞は『マンチェスター・バイ・ザ・シー』が受賞。監督・脚本はケネス・ロナーガン、主演はベン・アフレックの実弟ケイシー・アフレック。時々、プレゼンターとして誰が登場するかによって、受賞作の予測がつく場合があります。今回も脚本賞のプレゼンターに、ベン・アフレックと、本作の製作に名を連ねるマット・デイモンが登場したので、(ああ、『マンチェスタ~』だな)とわかるのでした。

 そして、アカデミー賞始まって以来の珍事! 思わずテレビに向かって「えっ!なに?」と話しかけてしまったほど驚きました。最後を飾る作品賞で、『ラ・ラ・ランド』と発表されながら、実際は『ムーンライト』が受賞しており、壇上で訂正されるという前代未聞の出来事。喜びに溢れて謝辞を述べている最中に、耳打ちされて顔色が変わっていく『ラ・ラ・ランド』組。そして突然「発表は間違いだ」と言われて壇上に呼ばれたものの、弾ききれない『ムーンライト』組。それぞれの映画のチームが気を使って慰め励まし合う中で、あまりのハプニングに笑えてきてしまっているライアン・ゴズリングは救いでしたね。

作品賞は大混乱 ©getty

「あのティッシュ会社の株価が上がる映画」

 ブラッド・ピットは主演作の『マリアンヌ』が公開中ですが、最近、映画に関しては出演より、製作を手掛けることがとても増えました。今回作品賞に輝いた『ムーンライト』もその一本。ブラッド・ピットが製作に関わった映画は、黒人社会にまつわる切実な内容も少なくないです。

『ムーンライト』 3月31日(金)、TOHOシネマズシャンテ他にて全国公開 配給:ファントム・フィルム ©2016 A24 Distribution, LLC 

『ムーンライト』は当初、4月28日からの公開予定でしたが、アカデミー作品賞受賞をうけて、3月31日封切りに繰り上げされました。その分煽りを受けたのが、マイケル・ファスベンダー&アリシア・ヴィキャンデル主演の『光をくれた人』。同じ配給会社の中で、話題の『ムーンライト』を先にもってくる代わりに、『光をくれた人』が5月に押す形となりました。

『光をくれた人』 5月 TOHOシネマズ シャンテ他ロードショー 配給:ファントム・フィルム ©2016 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC

 でも当然、質の問題ではまったくなくて、配給側が押さえた劇場内でスケジュールをやりくりするためには、『ムーンライト』繰り上げは英断で、「受賞した今やっとかなきゃ!」と思います。内容も黒人社会におけるゲイというセクシャリティを、センシティブに描いた美しい作品です。

『光をくれた人』も割りを食った分、さらに認知されて集客につながるといいですね。本作は主人公トムが、第一次世界大戦で心に傷を負い、世間から遠ざかって、孤島で灯台守の仕事に就くことに始まります。彼は出発前に、波止場でカモメに餌をやる、イザベラという娘に目をとめます。やがて互いに惹かれ合い、手紙のやりとりで愛を育んだ二人は結婚。孤島での二人暮らしも愛によって満たされていますが、イザベラが待望の赤ん坊を流産したことから、物語は思いがけない展開を招きます。

 この映画に対して、ガーディアン紙が出した「クリネックスの株価が上がるほど観客は泣くに違いない!」というコメントの、突飛ななんとも言いがたい勢い。あまりに面白かったので、本作の配給や宣伝の方に用があってメールをするとき、『光をくれた人』とは書かずに「あのティッシュ会社の株価が上がる映画」と書いてます。

『光をくれた人』 ©2016 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC
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