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連載昭和の35大事件

国会で「ダマレ!!」と叫んだ“東条英機の側近”が明かす、「国家総動員法」成立まで

2019/12/09

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ニュース, 社会, 歴史, メディア

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「反対するだけ反対させて置けばよい」

 議場に在った私も大に政府の不誠意に憤慨した。而も政府は爾後の審議に当り、総動員法案は法律問題であるからと云うので、塩野司法大臣を質問の矢面に立てた。

 塩野法相は法律には明るいかも知れぬが、総動員業務の実体には必ずしも明るくは無かった。司法省其のものが、総動員業務には最も関係が薄かった。

 其後も政府側は押され勝ちで、議会側の反対気勢は日に日に高まった。

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 反対するだけ反対させて置けばよい、決して否決など出来やしない。最後には必ず通過する。と、たかを括って居るのが政府の態度であった。

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 これが議会馴れした老巧なる政府の熊度かも知れぬ。併しそれは政党の無力に対する増上慢であると共に、虎の威を借る狐でもあった。背後に軍部が控えて居るから、否決し得まいとの安心感があった。

 更にもう一枚めくると、甚だ狡猾なものが潜んで居った。近衛首相自身も、其の側近もかかる強権統制法攻撃の矢面に立ちたがらず、立たせたがらなかったのである。

「適当に」の近衛内閣の成立にホッとした軍部

 政党内閣が絶え、政局混乱が続き、其の間各方面就中革新陣営から待望された唯一の切札は近衛内閣であった。

 近衛公が革新政策として如何なる具体的なものを持ち合わせて居たかはすこぶる疑問で、恐らくは、貴族院議長のような立場に在って、現状不満の訴えに耳を傾け、抽象的革新論に共鳴して革新派を喜ばし、其の反面、現状維持派にも希望を持たす、白面貴公子の“程の良さ”が持ち味であったようだ。

 それでも打ち続いた政局混乱の後を承けて政局収拾の為には無くてはならぬ一枚看板であり、近衛内閣が成立した時、各方面、軍部の吾々もホッとして、大に期待するものがあった。

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 支那事変さえ起らなかったら、近衛公の人気と持ち味は当時の政界に何等か大なる功績を残したかも知れなかったが、組閣1箇月にして、事変が起り、しかも長期戦に陥り、戦時体勢の確立と革新とを一つにして、総動員法で律するか否かの岐路に立たされるに及んで、近衛公も全く「運命の子」となって仕舞った。

 ただし好むと好まざるとに拘らず、此の段階に立ち至った以上、右か左かハッキリ態度を決めなければならぬ。「程の良さ」で「適当に」と云うわけには参らぬ。

 総動員法は軍部や官僚が出せと云うから出すが、かかる強権統制の論難の矢面に立つのは御免蒙るでは、外の者は堪ったものでない。

 こうした首相の態度が総動員法審議の冒頭から、爾後の委員会にも、難航紛糾を激化させたのである。